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済美センバツ決定 信じた夢勝利へ気合 体づくり成果に自信 2013年01月26日(土)

甲子園に向けて気合いを込める済美ナイン=済美高体育館(撮影・織田龍郎)

 済美に電話で吉報が届いたのは午後3時39分。知らせを受けた野沢善浩校長(76)は体育館で待つナインに「甲子園出場おめでとう。大いにこの喜びを味わってください」と報告した。
 ナインは学校関係者らから「全国大会でも頑張って」と激励されていた。
 上甲正典監督(65)は「選手のモチベーションを上げ、一戦一戦やれば結果はついてくる」と話した。
 主将の太田外野手は「甲子園は小さいころからの憧れだったので、うれしい気持ちでいっぱい。(四国大会)準決勝で敗れ不安もあったが、行けると信じ頑張ってきた。県代表として精いっぱいプレーしたい」。エース安楽は「甲子園に向け、できる限りの努力をしたい」と力を込めた。
 宇佐川遊撃手は「出場が決まった時は涙が出そうになった。この冬は体づくりに力を入れ、その成果で打撃にも自信がついた。甲子園はチーム全員の目標。勝利のため自分にできることをしたい」ときっぱり。
 山下外野手はほっとした様子で「不安もあったが、四国大会の経験を生かし、振りこみやノックを多く受けてきた。粘って塁に出る自分らしさを甲子園で出したい」と誓った。(長尾翼)

◆初出場のつもりで◆
 【済美・上甲正典監督の話】 今年は守りで勝ってきた。大会までの2カ月で選手を鍛え、県代表として「愛媛の野球」を発揮したい。甲子園は選手を育ててくれる素晴らしい場所。一戦一戦を大切に、初出場のつもりで戦う。

◆甲子園で旋風期待◆
 【仙波隆三県教育長の話】 「やればできる」の校訓の下、2度目の栄冠を目指してチーム一丸となり、甲子園で済美旋風を巻き起こしてくれることを期待しています。

【右腕エース最速152キロ 得点機逃さず守り勝つ】
 2008年夏の選手権以来の甲子園出場。昨夏は県大会準決勝で敗れたが、秋の県大会を制し四国大会ではベスト4入りした。
 チームは投手を軸とした守り勝つ野球が身上。エース安楽は最速152キロの直球を武器に三振を奪う。県大会地区予選から四国大会準決勝までで先発した7試合を1人で投げ抜き、そのうち3試合で完封した。67回を投げて防御率1.74、奪三振87と安定感がある。コントロールのよい右腕山口、変化球で攻めるサウスポー宮田も控える。
 守備は公式戦8試合で5失策。安楽が投げて完封しなかった3試合は、いずれも1点差で勝利した。町田、宇佐川の二遊間が守りの中心。三塁の林幹も、積極的な守備で安楽をもり立てた。
 チーム打率は2割6分7厘ながら、36四死球を得た選球眼と、32犠打の堅実さで得点機を逃さない。打線の中心は、打率4割2分4厘の山下、チーム最多10打点を挙げた宇佐川、パワーがあり小技もできる太田。県大会ではサヨナラ勝ちを2度収めるなど、勝負強さを発揮した。
 太田主将は「安楽というすごい投手がいるので、しっかり守れば点は取られない。守備のレベルをさらに上げたい」と甲子園への意気込みを語った。

【04年初出場初優勝】
[済美高野球部史]
 1901(明治34)年、松山裁縫伝習所として誕生。改組、合併の後、11年に済美高等女学校・済美女学校となる。
 野球部は2002年の男女共学化に併せて創部。監督に88年の選抜大会で宇和島東を初出場初優勝に導いた上甲正典氏を迎えた。
 県大会の初勝利は03年秋の松山北戦。10―0で快勝して進撃し、優勝を果たした。四国大会でも攻撃力を生かし、明徳義塾(高知)などの強豪を倒して優勝。創部2年目で選抜大会出場を決めた。
 翌04年の選抜大会は看板の強力打線が本領を発揮。1回戦で土浦湖北(茨城)に完勝し、2回戦はエース福井の力投で東邦(愛知)に1―0で完封勝ち。準々決勝は前年夏の準優勝校の東北(宮城)に九回二死からの3ランで逆転サヨナラ勝ちした。これで勢いづき、準決勝で明徳義塾、決勝で愛工大名電(愛知)と甲子園常連校を撃破し、初出場初優勝の偉業を成し遂げた。
 この年は夏も躍進。県大会決勝で新田を退けて、2季連続甲子園に出場。春夏連覇のかかった全国大会は、中京大中京(愛知)千葉経大付(千葉)などを連破して決勝に進出。駒大苫小牧(南北海道)に打撃戦の末10―13で敗れたが、準優勝に輝いた。
 続く秋の四国大会は準決勝で西条に敗れ、連覇のかかった選抜大会出場を逃した。しかし、05年夏の県大会決勝で西条を延長十回逆転サヨナラで下して2年連続の甲子園に出場。1回戦で旭川工(北北海道)に完勝したが、2回戦で清峰(長崎)に4―9で敗れた。
 その後は甲子園から遠ざかったが、08年夏の県大会決勝で帝京第五を集中打と堅守で下し、4年ぶりの出場を勝ち取った。しかし、1回戦で智弁和歌山(和歌山)に0―3で初戦敗退を喫した。
 12年秋の県大会は投手を軸とした堅守で勝ち上がり、7年ぶりの頂点に立った。続く四国大会では、ベスト4入りを果たした。

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