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地軸

小林信近

2018年9月24日(月)(愛媛新聞)

 「乗り込んで見るとマッチ箱の様な汽車だ」―夏目漱石「坊っちゃん」の誰もが知る一文。坊っちゃんが松山とおぼしき地に到着し、港から中学校に向かうために汽車に乗るあまりに有名な場面は、この人なくては生まれなかったのではなかろうか▲

 伊予鉄道会社(いまの伊予鉄道)を創業した小林信近のことである。道路事情の厳しい愛媛に鉄道を導入し、交通や産業を切り開きたいとの一念で奔走。1888年、松山―三津間に全国初となる小型の「軽便鉄道」を走らせた▲

 松山に赴任した漱石がこの汽車に乗ったのはその7年後。信近がいなくとも他の誰かが愛媛に鉄道を敷いていたかも、と想像を巡らせてみるが、やはりしっくりこない▲

 当時、民間鉄道会社は東京、大阪の2社のみ。政府の鉄道局は「鉄道の知識も経験もない田舎者が、わが国で例のない軽便鉄道を出願するとは不心得だ」と言い放つほど、愛媛での計画を無謀とみていた▲

 直談判した信近はこれにひるまず必要性と可能性を説き、認可をもぎ取ったという。難産の末に成し遂げた出資金集めも含め、信近の志と熱意があってこその開通であったことがうかがえよう▲

 信近はほかにも、銀行や発電所、港湾開発といった事業に携わり、いまの愛媛の基盤を築いた。きょう没後100年。いかに目線を遠くに置くかを求められる平成の終わりに、にわかに信近への関心が高まっているのは偶然ではあるまい。

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