ABOUT

えひめ愛・野球博について

愛媛を、野球の聖地に

宣誓。

俳人・正岡子規が米国のベースボールを
ふるさと松山に持ち帰り、約130年。

白球をおいかけ、一丸となって試合に挑む姿に
多くの人が夢中になり、声援を届けてきました。

スポーツの枠を超え、マンガや映画、野球拳など
一人ひとりが野球の楽しみ方を見つけてきました。

野球の祖を輩出した野球王国・愛媛は思うのです。
日本の野球は、
もっと世界を熱中させることができると。

人を、地域を、国を、文化を繋げてきた野球。
ここ愛媛から、野球がもっと世界に広がるように
野球王国・愛媛は
「野球の聖地」を目指すことを誓います。

えひめ愛・野球博、
プレイボール。

HISTORY

ベースボールから、「野球」へ。 ©松山市立子規記念博物館
episode01

ベースボールから、
「野球」へ。

学生時代に、当時日本に伝わったばかりのベースボールに夢中になった正岡子規は、ふるさとである松山にバットとグラブ持ち帰り、松山中学の生徒にベースボールを教える。その後、ベースボールを自身の名前「升(のぼる)」から「野球(のぼーる)」と読み、野球のルールや方法の解説、野球用語の日本語訳を作るなど、野球の普及に貢献した。

実は、”野球拳”発祥の地。 ©(株)松山建装社
episode02

実は、”野球拳”発祥の地。

1924年(大正13年)、伊予鉄野球部が高商クラブ(香川県)との試合後の懇親会で行われた隠し芸大会で、当時の前田伍健副監督が即興で作った「野球をするなら〜」の歌に合わせた振付を全員ユニフォームで披露したことからはじまる。その後、この踊りが松山で大流行し、全国的なブームに。現在でも、「野球拳全国大会」の開催や、「野球拳おどり」として愛媛で伝統ある松山まつりのメイン催事になるなど、多くの県民に親しまれている。

甲子園で飛躍する愛媛県勢
episode03

甲子園で飛躍する愛媛県勢

100年の歴史を誇る甲子園で、「延長18回再試合」や「奇跡のバックホーム」など、今も語り継がれる名勝負を繰り広げてきた愛媛県勢。甲子園での優勝回数・勝利数・勝率は、全国47都道府県のなかでもトップクラス。特に夏の甲子園では、強豪校ひしめく大阪府に次ぐ勝率を愛媛県は記録している。野球が松山に伝わって約130年。今年も愛媛野球が全国で活躍することを、多くの県民が期待している。

NPBオールスターゲームの地方開催。
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NPBオールスターゲームの地方開催。

2002年(平成14年)に四国初となるNPBのオールスターゲーム(第2戦)を松山坊っちゃんスタジアムで開催。この年は、野球の普及へ貢献した正岡子規が野球殿堂入りした年でもあった。その後、2012年(平成24年)にも2回目となるオールスターゲームが開催。四国で開催されたトップ選手のプレーに、愛媛県民及び四国の野球ファンは熱くなった。

ベースボールから、「野球」へ。
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甲子園で台湾代表校を
準優勝まで導いた名監督。

松山商業高校の初代監督であり、初の愛媛県勢全国制覇にも導いた近藤兵太郎。台湾が日本統治下の時代に台湾の嘉義農林高校の野球部監督に就任。創部わずか3年で、甲子園に台湾代表として出場し、準優勝という輝かしい成績を残す。この功績は映画にもなり、愛媛県の野球人が台湾と愛媛が野球で繋がる象徴となっている。