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悲劇の先に(上)苦悩 遺族や周囲に心の傷 当たり前の安全「幻想」

2022年7月16日(土)(愛媛新聞)

吉川慎之介ちゃんが亡くなった事故をきっかけに、子どもの安全を守る活動を続けている母・優子さん=5月、神奈川県鎌倉市

吉川慎之介ちゃんが亡くなった事故をきっかけに、子どもの安全を守る活動を続けている母・優子さん=5月、神奈川県鎌倉市

 2012年7月、西条市の加茂川で、当時5歳だった吉川慎之介ちゃんが川遊びの最中、増水に巻き込まれ死亡した事故から10年がたつ。加茂川は市内外から多くの家族連れが訪れる人気のアウトドアスポット。もう二度と、こんな思いをする人があってはならない―。尊い命を失い、悲しみを抱きながらも前に進んできた遺族や当事者の10年を振り返る。(高橋圭太)

 

 「いろんなことを変えていきたいと考える中で、10年というのは目標にしていた時間軸でもあった。当時から『10年はかかるな』と思ってましたから」。慎之介ちゃんの遺骨が眠る神奈川県鎌倉市の長谷寺で、母の吉川優子さん(50)=鎌倉市=は、まっすぐ前を見つめながら今に至る歩みを語り始めた。

 

 12年7月20日、西条市の幼稚園で、年長園児の「お泊まり保育」が行われていた。同園では毎年、加茂川での川遊びをスケジュールに入れていた。この日、園児は午前中の行事を終えいったん帰宅。その後園に戻り、バスで野外活動施設「石鎚ふれあいの里」(同市中奥)へ向かった。当時の保護者らによると、市内中心部では午前中に強い雨が降っていたが、不安の声が上がることはなかったという。園からは、脱げないサンダルを用意するよう求められており、「水たまりのような浅瀬で遊ぶのかと全員が思っていた」からだった。

 

 園児31人と教員8人は午後3時ごろから川遊びを開始。そのときは青空が見えるほど天候は回復していた。しかし上流では昼過ぎまで雨が降っていたため、水遊びが終わるころから水量が増え川瀬には高い白波がたち始めていた。当時施設職員として勤務していた久保一平さん(50)によると、加茂川は全国でも珍しいほど勾配がきつく、降雨による水位や水流の変化が大きい河川とされる。この日のふれあいの里付近にも、濁流が迫っていた。

 

 園児が遊んでいたのは、保護者らがイメージしていた浅瀬ではなく、深い所で子どもの胸くらいの水深がある場所だった。午後3時半過ぎ、緩やかな流れが一変。左岸側から施設のある対岸を目指して川を渡っていた慎之介ちゃんらが、強い水流に押し流された。施設内にいた久保さんや近くにいた遊泳客らが救助に当たり、流された園児4人のうち3人は救出されたが、慎之介ちゃんは約150メートル下流の川底で見つかり、搬送先の病院で死亡が確認された。

 

 優子さんは「感情がフリーズしたような、その場で固まって、何も考えられなかった」。転勤が多かった吉川さん一家は西条市を気に入り、慎之介ちゃんも自然や祭りが大好きだった。大切な息子を失うことなど考えもしなかった。

 

 心の傷を負ったのは遺族だけではない。別の園児の母・山崎敦子さん(51)は「娘といつも一緒に遊んでいた友達が亡くなってしまった。日常が突然、非日常になった」。同じく長男が参加していた新名直子さん(46)も「事故後しばらく、子どもとどう接したらいいか分からなかった」と当時の苦悩を明かした。

 

 事故後の裁判などで、保育の現場に携わる人の多くが「事故を防ぐために何が必要か」を学んでいなかったことが浮き彫りになった。「結局誰も守られていなかった。『安全が当たり前』というのは幻想だったんだという衝撃があった」(新名さん)。突然事故に巻き込まれた当事者らは悲劇と向き合いながら、手探りで再発防止への一歩を踏み出した。

 

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