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2022
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【1986年夏松山商準V投手】藤岡雅樹&杉野一郎同級生対談

 

夏の甲子園、清水商戦で力投する藤岡さん=1986年8月

夏の甲子園、清水商戦で力投する藤岡さん=1986年8月

当時はコーチだった澤田勝彦さんと当時を振り返る

当時はコーチだった澤田勝彦さんと当時を振り返る

 

 

 

高校球児たちの熱い夏が近づいてきた。この時期になると思い出すのは私が松山商の3年生だった1986年夏。同級生たちの活躍で、母校は甲子園で準優勝を果たした。キャプテン水口栄二(元近鉄バファローズ)がいまだ破られていない甲子園の最多安打を記録。チームも最多連続安打、1イニング最多安打の新記録を打ち立てた。佐野慈紀(元近鉄バファローズ)も投手陣の1人としてマウンドを守った。

そして、立役者であるエースの藤岡雅樹。東予東中から松山商に進学し、威力十分の速球と、外角低めへの見事な制球力でチームの快進撃を支えた。現在は、大手出版社でプロのスポーツカメラマンとして活躍している。

長年にわたって日本中の有名選手を撮影してきた藤岡が、今月1日、母校・松山商を訪問。あの夏の秘話と、愛媛の野球の今について、じっくりと話を聞いた。(杉野一郎)

 

⚾「有言実行」を貫いた努力家

 

高校時代の藤岡さん(右)。既にカメラを手にしている。左は杉野さん

86年、松山商の前評判は必ずしも高いものではなかった。84年には後に日本ハムからドラフト1位指名を受ける2年生投手・酒井光次郎を擁し、準々決勝で桑田真澄、清原和博のKKコンビのPL学園と激突。1対2で惜敗したものの、6年ぶりの夏の甲子園で全国にその名をとどろかせた。しかし86年は、その酒井も卒業。ファンの中には「今年は甲子園は無理じゃないか」という声もささやかれていた。

そうした中、ひとり甲子園出場を疑わない男がいた。私のクラスメイトだった藤岡だ。お世辞にも「愛想が良い」とはいえないが、近くで見ていた私からすると、誰よりも努力家で「有言実行」を貫いた男だったと思う。

杉野「甲子園で準優勝したあの夏から36年。この時期になるとどんなことを思い出すの?」

藤岡「思い出すというか思い出してしまうというか。(甲子園の決勝戦は)良くも悪くも自分の暴投で負けたような試合なので。でも、そのことを責められたことは1度もなくて。30年経つとどんな思いで投げていたのかは忘れちゃうんだけど、あの暴投だけは忘れられないよね」

藤岡の言う暴投とは・・・

 

【同級生ならではのリラックスした雰囲気で当時を振り返ります。そしてこの後「高校野球のいま」さらには「愛媛の高校野球」に切り込んでいきます】

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