
老舗✕ハイテク 愛媛の洋食店「マルブン」の挑戦
テーブルにQRコードが記された1枚の紙が置かれている。これを読み込んで料理を注文してほしいとのこと。なるほど。じゃあ自分のスマートフォンを取り出して…。と、思ったところでふと気づく。ここは老舗洋食店の中だ。スタッフもいるのにオンライン注文ってどういうことだろう。先日、創業100年目に入った西条市の洋食店「マルブン」に行ってきた。
味わい深いパスタやオムライスが魅力の店だが、注文や配膳の方法が面白い。社長にハイテク機器を導入した理由や背景を聞くと、「へぇー」「なるほど」の連続。テーブルで感じた「?」が解消すると同時に、業界を取り巻くさまざまな課題に立ち向かう「先進的な老舗」の姿が見えてきた。(森岡岳夢)
■メニューはQRコードから
創業100年目に入ったマルブンの小松本店。2020年12月にリニューアルされ「ハイテク飲食店」に
訪れたのは、JR伊予小松駅前にある小松本店(西条市小松町新屋敷)。2020年12月にリニューアルした店内は、おしゃれだが落ち着きもある居心地のいい空間だ。店内に漂うトマトソースの香りに食欲をそそられ、座席に着くなり、思わずメニューブックを探したが、見当たらない。代わりに置かれているのは、QRコードが印字された小さな紙だ。
小松本店の席にメニューブックはなく、客はスマホでQRコードを読み取って注文する
スマホで読み取ると画面にメニューが出現。ボロネーゼ、オムライス、チキンのグリル料理など豊富なラインアップが写真付きで表示された。今回は西条の名物「愛媛西条てっぱんナポリタン」をチョイス。「カート」に入れ、注文を確定した。忙しそうなスタッフを呼び止める「申し訳なさ」を感じることなくスマホだけで注文が完了。動作はまるで、オンラインショッピングだ。
しかし、周りを見渡すと、やはり飲食店に来たという実感はある。スタッフの元気なあいさつ、心地よいBGM、手際よくフライパンを操る料理人やてきぱきと配膳するホールスタッフらが醸し出す活気のある雰囲気の中に身を置いている。熱々の鉄板の上にのったナポリタンはソースの甘みと酸味のバランスが絶妙で、あっという間に平らげてしまった。店を出るときの充実感は紛れもない「リアル」な外食体験だった。
■勘からデータへ
データによって算出される将来の来店客数や各メニューの注文数を基に、シフト編成や仕込み量の調整を行う。従来は勘でやっていた作業だ
メニューをQRコードにした狙いや効果について、マルブンの真鍋明社長(60)に聞いた。
客とスタッフとの「非接触化」を進め、新型コロナウイルスの感染リスクを減らすことや、客の注文を聞いてキッチンに伝えるというホール業務の負荷軽減はもちろんだが、想像以上に多くのメリットがあることが分かった。
最大の狙いはデータ収集だという。蓄積された注文内容を人工知能(AI)が分析するシステムを導入し、将来の来店客数や各メニューの注文数、売上高が予測できる。的中率は何と90~95%。ただ驚いたのはここからだ。信頼できる数字は、さまざまな業務の効率化につながる。
スマホオーダーで集まったデータをAIが分析。将来の来店客数や各メニューの注文数、売上高が予測できる
まずは仕込み量。「これまでは熟練の社員が勘で決めていたが、タブレットに表示される予測数字を見れば誰でもできる仕事になった」と真鍋社長は胸を張る。
さらに、アルバイトやパートのシフト編成の精度も高まった。45日先まで来客数予測が出るため、無駄な配置が減り、人件費を抑えられるようになったという。
システム導入は1店舗約200万円と安価ではないが、効果は絶大とのこと。データの蓄積が進むにつれ予測の精度はさらに高まっていく。夏までにマルブンが運営する5店舗中、4店舗に導入する予定だ。
■熟練の技をハイテクで
熱と蒸気で真空低温調理ができるハイテク機器「スチームコンベクションオーブン」
調理機器もハイテク化が進む。例えば熱と蒸気で真空低温調理ができる「スチーム・コンベクション・オーブン(スチコン)」。1台約80万円という代物だ。
肉のグリル料理の場合には、スパイスと肉を真空パックに入れ、スチコンであらかじめ加熱しておく。注文が入れば・・・
ハイテク化を進めるマルブン。その象徴とも言える存在が新居浜市と松山市の店舗にあるという。記者はすぐさま足を運んだ!