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2021
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牛鬼 つなぐ伝統 守る言い伝え 今治・菊間

 「カーン、カーン、カーン」。今治市菊間地域に乾いた鐘の音が響き、住民が次々と家から顔を出す。目線の先には、白装束姿の男たちに押される全長7メートルほどの黒い巨体。高々と伸びる首には赤・青・黄色の布が巻き付き、辺りを威圧するかのように顔を動かす。この地で200年以上続く「牛鬼」だ。
 地域には「牛鬼を出さなければ地域に病がはやる」との言い伝えが根強く残る。新型コロナウイルスの感染拡大で各地の秋祭りが中止・縮小する中、検討に検討を重ねた判断、慎重に慎重を期した運行でわずかに伝統をつないだ。(竹下世成)

■南予の牛鬼とは違う

 

牛鬼の頭。手箕や厳島神社の札、和紙などで毎年作り直すが、この2年はできていない

 牛鬼といえば宇和島市など南予が有名。東予、中予では唯一の厳島神社(同市菊間町浜)の牛鬼は、竹で組んだ胴体を黒い布で覆い、特徴的な約3メートルの首は胴体から出し入れすることで伸び縮みする。顔には上向いた大きな目と耳、角があり、口の下に描かれたよだれは牛そのもの。顔も鬼のような南予の牛鬼とは、全くの別物だ。

 県歴史文化博物館や住民らによると、厳島神社の牛鬼の起源は定かではない。1816年に他地区の獅子と牛鬼がけんかしたと書かれた加茂神社の社務日誌が、現時点で住民が把握している最古の記録だ。

 言い伝えでは、かつて流行した疫病の退散を願ってつくり、牛鬼を出さなかった年には地域内に病がはやった。それ以降は、毎年出しており、台風により菊間地域で堤防の決壊や、死者が出た年も、加茂神社の祭礼は中止となったが、牛鬼だけは頭を奉納した。

■「疫病退散」としての役目

 

2020年の牛鬼運行を残そうと厳島神社に奉納した絵馬。縦1㍍、横2㍍ほどの大きさだ

 しかし、2020年はコロナで地域が二分された。厳島神社の氏子でつくる「厳島会」の総代会で牛鬼運行に反対があり、疫病退散との役目を知る住民からも「3密になる」「コロナがはやるんやないん」と懸念の声が出た。祭りの訪れを告げるのぼりを上げなかった集落もある。

 大頭取の岡本大吾さん(51)は地域の声だけでなく、世間の目も踏まえて悩んだ。ただ、過疎が進む菊間地域で祭りを休めば、再開が困難になるかもしれない。本来はみこし、だんじり、牛鬼がそれぞれ2台ずつあるが、感染防止策を徹底した上で、疫病退散の役目がある牛鬼1台を台車に乗せて地域を1周した。反対していた集落の人からも「よう頑張ったな」と祝儀の「お花」が送られるなど、神事として練り歩く姿が地域からも評価された。

 昨年の祭りを終えて多くの人が「来年は大丈夫だろう」と希望を持っていた。運行を後世に残そうと「コロナ禍牛鬼奉納図」と題した絵馬も厳島神社に奉納した。コロナの暗雲を牛鬼が切り開き、太陽が差し込む構図の一枚だ。ただ、それから1年がたち、疫病は全世界を覆い続けたままだった。

■再びコロナ下での祭礼

 

牛鬼の胴体の内部。竹を使って4,5年に一度作り直す

 10月16日午前6時。地下足袋を履き、白装束に身をまとった男たちが、続々と厳島神社の石段を上がっていく。集まったのは小中学生を含めて約50人。例年の半数以下で、「去年よりも減ったんやないか」と驚く声も上がった。

 今年は牛鬼だけでなく、神様を乗せた小みこしも2年ぶりに運行する。出発に際して神事を行った厳島神社の池内あゆみ宮司(36)も、早く疫病が収まり、住民らが穏やかな生活をできるようにと願い祝詞を読み上げた。「小みこしも出せるとは思ってなかった。それだけ地元の祭りを大事にしてくれる方がたくさんいて本当にありがたい」と笑顔を見せる。

 おはらいをした牛鬼の頭を胴体に取り付け、準備は完了。その様子に岡本さんは少しホッとした表情を見せた。県内や地域の感染状況次第では、直前であっても運行を中止して、頭だけの奉納も検討していたからだ。1週間前の準備の際は、厳島会や中学生らに、運行メンバーから感染者を出さないためにも、当日までは遊びや外食を控えるよう呼び掛けていた。

 あとは、感染対策を守り、しっかりと運行するだけ。「『よう出してくれてありがとう』と言う人と、『こんな時に出してええんか』と言う人がいる。ただ、牛鬼と小みこしを見てもらえれば、『ええ祭りができよった』と思ってくれるはず。それだけを考えて、頑張ってきます」

 祭りを前に、少し大きな声で話す中学生を岡本さんは静かな声でしかる。「途中で中止になるかもしれんぞ。ちゃんと守ることは守ろう」。空気がピリッと変わる。2年ぶりの小みこしを伴った運行が始まった。

■例年とは違う風景

 

各集落の神楽所で行われる神事

 「菊間牛鬼」「厳島大神輿」とののぼりを持った子どもを先頭に、露払いの牛鬼、小みこしの順番で進んでいく。各集落に設置した神楽所で神事を行いながら、1日かけて地域内をくまなく回る。例年であれば、集落ごとに食事などが出るが、今年もない。祭りには欠かせなかった酒はもちろん、みんなで集まって弁当を食べる昼食も禁止。コロナ下での祭りの姿だ。

 車と離合を繰り返しながら商店街を抜け、約1・5キロ先にある加茂神社に到着。例年の祭りでは、多くの見物客や他地域のみこしなどでにぎわうが、誰もいない。長年、牛鬼運行に携わる松田好正さん(50)も昨年に続いての見慣れぬ風景に「逆にゆっくりと神社を見られて面白いの。いつもは大みこしを境内に上げて、牛鬼を出してと大変なんよ」と苦笑する。

 

例年はにぎわう加茂神社の参道も、静か

 小みこしは誰もいない石段を上り、拝殿を前に練りを繰り返す。この時こそはと、牛鬼を引っ張ってきた大人も、中学生から小みこしを受け取って力のこもった「伊勢音頭」を奏でる。加茂神社に、祭りが戻ってきた。

 立ち寄った松田達夫さん(85)は数年前まで牛鬼について回っていた。「昔のは生の竹で重かったけど、牛鬼をかくと客が寄ってきてワーワー言うてくれるんが楽しかった」。今では、息子たちの世代が中心となった。コロナ下でも運行を続ける後輩を前に「あの連中がやっとるけん、何とか大丈夫じゃわい」と目を細めた。

■待ち望む声と現実

 

「見せてくれてよかった」と通りがかりにお花を手渡す住民(左)

 地域を進むほどに「やれてよかったの」「見せてくれてよかった」と車の中からお花を手渡す人も。車椅子の男性に、生まれて数カ月の子を抱いた母親、つえをついた高齢女性など、祭りの訪れを待っていた老若男女が道路へと姿を見せる。昨年は、コロナの感染拡大も懸念して何時に運行するかを住民に告げておらず、回り終わってから知った人もいた。2年分の思いを込めたお花が、次々に寄せられる。

 「まーたくださる、花の御礼。みーぎはわたなべ様より、牛若連中にくださーる」

 厳島会青年の渡部亮さん(45)が口上を述べると、牛鬼は首を持ち上げて、力強く振り下ろす「打たす」を行う。牛鬼の見せどころだ。胴体の中では、かき手が長さ約3メートル、直径10センチほどの首の端を持ち、1人で横になった首を立てるように持ち上げる。腰を入れなければ、すぐにバランスを崩すほどの重さで、住民の拍手がかき手を後押しする。ただ、かつては若手が中心だったかき手も、今では様変わりした。

 25歳以下の独身者が入る厳島会青年は現在、30~40代が中心。「地元にいる同級生は少数で、牛鬼の世話をする人はさらに少ない。コロナ前の祭礼は2日間あったが、元には戻れないかも」と渡部さんは懸念。今後はどうなるのか。今回の小みこしや牛鬼の運行は、過疎が進む菊間地域で祭りを続ける一つの指針になるのではとも思う。

■思いをつなぐ

 

伸ばした首を勢いよく振り下ろす「打たす」をする牛鬼

 牛鬼の頭をぶつけそうな狭い路地を抜け、曲がりきれない角では台車を付けたまま担いで進んできた。厳島神社に戻ってくると、沈みつつある夕日が小みこしを担ぐ中学生の顔を照らす。出発時に怒られた時とは違い、充実感と責任感がにじむ。みこしの露払いの役目がある牛鬼の出番はここまでだ。

 祭りの終わりを惜しむように中学生らは拝殿の中で「しゃてこーい!」「そら、まい!」とみこしを練り続ける。髪の毛は汗でぬれ、マスクを着けたままでは息もすぐ上がる。大人たちは「ちょーさじゃ」と終わらせようと押さえ込むが、子どもらは舞うのをやめない。好正さんも「祭りをやれなんだら一番かわいそうなのは子ども。まとめる中学3年生をできるのは一生に一回しかないけんな」と温かく見守る。

 

祭りの終わりを惜しむように拝殿で練り続ける中学生ら

 30分ほど続いた練りが終わると、子どもたちは崩れ落ちるように座り、周囲から拍手が湧き起こった。みこしの神様を神社に戻す神事では、打って変わって静けさが戻り、みなが手を合わせて見送った。今年も無事に絶やすことなく、牛鬼の運行を完遂できた。

 岡本さんは「コロナ下でも、工夫次第では祭りができることが分かってよかった。ありがとうございました」と汗を拭う。来年以降の祭りがどのような形になるかは、まだ分からない。地域に目を向ければ、過疎化が進む現状もある。ただ、子どもたちが伝統を重んじ、躍動する姿に一筋の光が見えた。昨年奉納した絵馬の暗雲を切り開く太陽のように、菊間地域の未来を照らし出してくれると信じて。

 

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