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2021
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コケに魅せられて 若き研究者が追う愛媛の実態

  足の裏に羽毛布団のような心地よい柔らかさが伝わる。西条市西之川地区の石鎚山に入る山道沿い。岩肌や路面の色が分からないほど覆い尽くすのは、無数のコケだ。近年、ガラス容器にコケを配置する「テラリウム」や、こけ玉などを中心に、「癒やし」を求める人からコケの人気が高まっている。
 ただ、学問としての調査・研究となると話は別。専門家は世界的にも少ない。NPO法人西条自然学校の岩田和鷹さん(26)は四国では数少ない、仕事としてコケのフィールドワークをする一人だ。コケに魅せられ、追い求める青年とともに、小さく、多様で、奥深い緑の世界をのぞいてみよう。

 

大宮神社周辺でコケの種類を調べる岩田さん。前回調査の資料を手に、確かめていく

多様な種類、困難な判別

 暑さが少し和らいだ9月上旬、西之川地区でルーペに目を当てる岩田さんがいた。ここでは2017~19年に調査し、環境省レッドデータブック(RDB)の絶滅危惧種を含む120種類を確認したが、新たな種を発見した。「前はこれも見つけられなかったのか」と苦笑い。岩田さんによると、世界には約2万種類のコケがあり、日本には約2千種類、県内は600種類ほどが生育するとされる。

 種類の見極めは非常に難しい。10倍に拡大できるルーペで、葉や茎の違いが明確に分かれば御の字。1マイクロメートル未満の突起の有無で判別する種類もある。1回の調査で集めた標本の分類に1、2カ月要することもあり「現場では楽しいのでどんどん集めてしまうんですが、後で本当に後悔するんですよね」。ただ、この細かな違いや、気付いたときの驚きが岩田さんをコケの世界にいざなった。

 

採集したコケを顕微鏡で確認する。1マイクロメートル未満の突起の有無などで種類が違うケースも(岩田さん提供)

きっかけは屋久島

 「人生が変わった」のは岡山理科大2年の夏。実習で訪れた世界遺産の屋久島(鹿児島県)で、教授から「コケを5種類見つけなさい」と告げられた。「植物より動物派」の岩田さんだったが、手のひらほどの石の表面をルーペで見ると、形が全く違う多数のコケを見つけて衝撃を受けた。「きれい」とだけ感じていた周囲の風景が、多種多様なコケが息づく森に姿を変えたようで、新たな世界への扉が開かれた。

 島を離れてもコケを見つけては、研究室の顕微鏡でのぞき続けた。卒業論文のテーマは「屋久島における蘚苔(せんたい)類の垂直分布」。約4カ月間、標高1375メートルまでの100メートルごとに調査地を設け、生育するコケの種類を調査した。場所や付着物などの情報とともに集めた標本は2千を超え、屋久島で見つかっていなかった種類も発見した。

 

屋久島で調査をする岩田さん。コケを専門とするきっかけになった地だ(岩田さん提供)

環境を見極め、予測する

 17年4月から、西条自然学校にコケ植物担当として加わった。各地での生物調査の傍らコケを探し、観察会などを通して住民らに面白さを伝える。県内では数少ない、常に自然に関われる職場だ。経験を重ねるごとに、どんな環境に、どの種類のコケがあるか少しずつ想像できるようになってきた。

 例えば、西条市西之川地区の大宮神社の石垣。銅板の屋根から水がしたたり落ちるため、銅成分を好むホンモンジゴケが密集する。愛媛県RDBで絶滅危惧種に選ばれている種類だ。ちょっとした日陰や、水がたまるくぼみなど人間からすれば小さな違いだが、コケには全く別環境。「想像した種類があれば宝を見つけたようです。違ったらショックですけど、学びにはなります」と語る。

 

銅成分を好むホンモンジゴケ。石垣を縫うように密集する

オキナに、ニスに…

 大宮神社は近くに加茂川が流れているため湿度が高く、青々としたコケが参道や石垣を覆う。岩田さんはルーペで葉の形や、茎の伸び方などをチェック。ナイフでそぐように採集して封筒に入れ、日時や定着場所などを書き込む。標本は保管する必要があり「まだ、私は大丈夫ですが、長年コケを研究している人は標本を置くためだけの部屋を作ってます。『あるある』ですね」と屈託ない。

 一緒に観察していると、コケの多様性に気付かされる。参道脇の木の幹を覆うのは、葉が細く、高齢男性のひげの様に白い部分があるホソバオキナゴケ。多分、見た目で名前を決められたのだろう。
 「かじる勇気は、ありますか?」と岩田さんが手にするコケは、ニスビキカヤゴケ。艶やかな採れたてを恐る恐るかじってみると、舌先にピリッとした刺激がある。辛い。「コケ好きの間では、その辛みで有名なんです」と笑う。結局、吐き出しても10分近く違和感が残っていた。

肉厚なホソバオキナゴケ(左)を拡大すると…

愛媛のコケの解明へ

 この日は1時間半ほどで10種類以上のコケを発見。ただ、先は長い。岩田さんの目標は、約600種類あるとされる愛媛のコケの実態把握だ。まだ見つかっていない種類があるかもしれない。絶滅が危惧されているコケの新たな生育地が見つかる可能性もある。「時間はかかると思いますが、少しずつでも解明していきます」。静かなこけむす山に、若人の熱い思いが響いた。

 

コケの形状などを確認する岩田さん。コケの多様さに驚かされてきた

■街中でコケを探そう!

 この原稿を読んでコケに興味を持った人。街中でもたくさん観察できますよ。

 8月中旬、岩田さんと一緒に松山市中心部でコケ探しの旅に出た。城山公園(堀之内)を経由する1キロちょっとの道中で、どんなコケに出合えるだろうか。

 

松山市中心部で花壇脇のコケを調べる岩田さん。コケは至る所に生育している

出発して、足元を見ると

 小雨の中、松山市千舟町5丁目のジュンク堂書店松山店前を出発すると、すぐさま縁石脇に緑色の塊を発見。路上にはいつくばるのは恥ずかしいと思っていたら、岩田さんはコケをつまんで優しく引き抜き、ルーペに近づける。見終わると、元の場所に突き刺した。「時間がたてば元に戻るので安心して見てください」

 観察すると、茎がぴんと立ち、周りにとがった葉が付いている。肉眼では分からなかった。岩田さんによると、ハリガネゴケの仲間だ。近くには薄緑色でブロッコリーのようなコケも。こちらは鋭い葉が密集していて、ギンゴケだそうだ。ともに都市部でよく見かける種類だが、意識しなければ、「同じコケだろう」と見過ごしてしまう。

 

コケの観察にルーペは必須。小さな葉の形などがよく分かる

違いが、難しい

 違いが分かると、ついつい何度も足を止めてしまう。「街中でコケを見てて、待ち合わせに遅れそうになるんですよね」と岩田さんは苦笑する。その気持ち、よく分かります。

 岩田さんは、コケ初心者の目標として「コケか、否か」「種類の違い」の2点が分かるようになることを挙げた。例外はあるが、ルーペで見て花や根がないのがコケだ。地衣類と比べれば、葉もある。

 街路樹の表面にある薄緑色の物はコケではないか。「いや、これは地衣類ですね。あ、でもよく見てみると地衣類に囲まれてコケがいますよ」。ルーペを通すと、胞子のような薄緑色の地衣類の表面に、コケの黒い葉が。ぱっと見だと区別がつかない。

 

街路樹の幹。抹茶色の部分は地衣類で、黒い部分がコケ

お気に入りのコケを探そう

 城山公園に入ると、辺りはコケだらけ。堀の石垣や、大きな木の幹、排水路のふたの間など、日が当たり、水がたまる場所で見つけやすいそうだ。記録はスマートフォンでの撮影がお薦めだ。スマホのレンズをルーペに密着すれば明瞭に撮影できる。画像を拡大すると、より細かくコケの構造が分かる。

 岩田さんは楽しみ方の一つに「顔なじみ、お友達のコケを決めること」を提案する。通学路や通勤経路でお気に入りのコケを決め、変化を楽しむ。大きくなったり、虫の触角のような胞子体を出したり。ただ、変化はすごくゆっくりで、久々に見て気付くことも多いとか。ちなみに岩田さんは「ツンツンゴケ」「モコモコゴケ」など、名前を付けているそうだ。

 

縁石のそばにひっそりと密集するコケ。だんだんかわいらしく見えてくる

生活に潤いを

 いくら愛着が湧いたとしても、コケを無断で持ち帰ってはいけない。生態系でのコケの役割は重要で「コケがあるから森ができるとも言われます。必要ならコケの販売専門店から買うべきですね」と忠告する。

 私たちの身の回りの至る所に生育するコケ。梅雨には水を蓄えて生き生きとし、春先は胞子体や新芽を出して違った姿を見せる。「通年で楽しめるのもコケのよさですね」と岩田さん。短い旅が終わるころには、雨も上がってきた。普段は見過ごしてしまいそうな道路脇のコケが、私たちの生活に潤いを与えてくれるかもしれない。時には、足元に目を向けてみてはどうだろうか。(竹下世成)

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