愛媛新聞ONLINE

2021
1016日()

新聞購読
新規登録
メニュー

「西の広瀬」の大河デビューはあるか?

別子銅山の近代化を推し進め、住友財閥、関西財界の発展に尽力した広瀬宰平。住友史料館によるとこれまで、NHK大河ドラマでの広瀬の登場はないという(住友史料館蔵)

  明治、大正期に活躍した実業家・渋沢栄一の生涯を描くNHK大河ドラマ「青天を衝(つ)け」が好調だ。渋沢役の吉沢亮さんの人気と、取り巻く人物群の濃厚な演技が相まって「戦国もの以外は受けない」とされる大河の定説を覆す勢いだそう。愛媛の人間としては、第8代宇和島藩主・伊達宗城の登場も楽しみなところだ。

「東の渋沢、西の広瀬」

 ただ、もう一人、渋沢と比肩する殖産興業の功労者で、別子銅山を発展させた広瀬宰平が登場するかどうかも気になる部分である。「東の渋沢、西の広瀬」とも称された2人。交わした書状が残るなど接点も少なくない。広瀬の盟友で、関西財界の立役者・五代友厚は、連続テレビ小説「あさが来た」に続いて、今回の大河への登場も決まっている。このままでは「東の渋沢」と並べられるのは五代で定着しかねない。果たして「西の広瀬」の大河デビューはあるのか。

 広瀬は住友家の初代総理代人(後の総理事)。フランス人技師を招いて別子銅山の近代化を推し進め、住友財閥の基礎を築いた。渋沢は幕臣から新政府に転じ、実業界入りした後は第一国立銀行の頭取を基盤に、王子製紙、東洋紡績、東京海上保険、日本郵船といった日本有数の企業設立に関与した。1892(明治25)年、民間人に初めて明治勲章が贈られたが、その4人のうちの2人が、西の広瀬と東の渋沢である。

 

「近代日本経済の父」と呼ばれる渋沢栄一。NHKの大河ドラマ「青天を衝け」でその生涯が描かれている(国立国会図書館ウェブサイトより)

 

渋沢喜作とのエピソード

 広瀬と渋沢の関係として、最もドラマで使ってもらえそうなのは、渋沢のいとこ、渋沢喜作に関するエピソードだ。ドラマでは高良健吾さんが演じ、NHKの番組ホームページで「直情的だが情に厚く、弁が立つ知性派の栄一とは正反対の性格」と紹介されている主要キャラクターである。

 京都にある住友史料館研究顧問の末岡照啓さんが、渋沢青淵(栄一)記念財団竜門社の機関誌「青淵」第611号に書いた論文によると、87年、喜作が経営する生糸問屋「渋沢商店」が、喜作のドル相場投機により破綻寸前に陥った。渋沢は資金を融資して会社を救済したが、その条件として喜作を隠居させ、長男を店主とした。

渋沢からの書状に書かれていた内容とは

 

渋沢栄一からの広瀬宰平宛て書状(住友史料館蔵)

 渋沢がその時期、広瀬に送った書状が残る。「元来同店之義は、従来之縁故を以、其営業向を小生ニ於監督いたし」と、渋沢商店は従来の縁で、営業先を渋沢が監督していると説明。「新規之場処ニ御得意引受申度見込を以、此度貴方へ罷出候ニ付、何卒貴工場之製糸を横浜御出荷相成候時ニハ、其売捌方同店へ御命し被下度候」。新規の得意先を拡張したいので、近江住友製糸場製の生糸を横浜に出荷する場合は、売りさばきを渋沢商店に命じてもらいたい、との内容だ。おそらくはこの依頼が功を奏したのだろう。93年、渋沢商店は近江住友製糸場の取引先に加わっている。

 

渋沢商店を支えるため、渋沢栄一から広瀬宰平に送られた書状。1893(明治26)年ごろとみられる(住友史料館蔵)

 末岡さんはこの背景に、製糸業と殖産興業にかける2人の共通した思いがあると見る。蚕業も手掛ける豪農の家に生まれ、富岡製糸場(群馬)の設立に携わった渋沢。「生糸は、我が国第一の国産にして、必ずや国家的の観念を以て有力者の当に興すへきの事業なることを確認した」として滋賀や新居浜などで製糸業へ進出した広瀬。末岡さんは「2人は78年の大阪株式取引所開業手続き以来の親交があり、輸出型産業の育成の必要性や、外国商人の不公正な商慣習への憤りでも認識が一致していた」と解説する。

今後のドラマ登場へ期待

 国内の産業を育て、外国商人にも優位に立てる取引をし、さらには国家を太く、強くする。明治人の志の結晶が、先の書状となったという熱い筋立ては、間違いなくドラマ映えすると思うのだがどうだろう。

 さて、NHK広報局に広瀬の登場について尋ねたところ「現時点では未定です」とのこと。かすかな期待を抱きつつドラマを見守りたい。

愛媛の情報なら、愛媛新聞のアプリ。

欲しい情報をいつでもあなたにお届け!プッシュ通知機能も充実。