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愛・スポーツ(インタビュー)㉘

伊予農業高校バレー部監督 伊藤涼子さん(46)

2021年1月22日(金)(愛媛新聞ONLINE)

 「ビーチバレーの伊藤選手」と聞いてもピンと来ない方が多いと思われるが、旧姓・徳野なら2004年アテネ五輪に出場した県人選手として記憶に残っているだろう。中学・高校・大学でインドアのバレー選手として活躍。大学時代に始めたビーチバレーで日本代表の座をつかんだ。31歳で現役引退後、セカンドキャリアとして高校教諭の道を選び、高校生らの指導にあたっている。

 

 

 

伊藤涼子さん

伊藤涼子さん

伊藤涼子さん

伊藤涼子さん

 「現役選手のころから将来は指導者になりたいと考え、教員免許が取得できる筑波大学へ進んだ。これまでいろいろなタイプの指導者と出会った経験を生かし、自分なりのやり方でこれから成長していく子たちにバレーの楽しさを教えていきたい」と目を輝かせる。

 

 指導者として選手に一番伝えたいことが「勝負を、バレーを楽しめ」。バレーは1人の力だけでは試合ができない。ボールをつなぐ仲間がいてチームが成り立つ。厳しい練習も、緊張する試合も仲間と一緒に戦い、自分たちの連帯感、レベルが上がっていく感覚が得られれば、バレーの楽しさがわいてくる。選手たちにそういう気持ちになってもらう「仕掛けづくり」が指導者の役目だと感じている。

 

 伊藤さんがバレーを始めたのは小学4年のときにロス五輪(1984年)の女子バレーをテレビ観戦したのがきっかけ。セッターとして躍動する中田久美選手に釘付けになった。あこがれから始めたバレーだが、中学時代は当時の監督の徹底した管理指導に「何度も心が折れそうになった」と振り返る。高校では一転、選手自身がゲームの組み立てやプレーのバラエティを自分の頭で考えながら練習するようになり、バレーがさらに好きになっていった。

 

 そして大学時代。練習の一環で参加したビーチバレーの面白さにはまった。自陣から相手コートの隅々まで観察する目利きがカギ。個々の技術の高さも重要だが、それ以上にペアと息を合わせ、お互いが弱点をカバーし合って試合をつくっていくのが醍醐味という。

 

 

 現役引退後は、筑波大大学院に2年間通いながら、「海辺の利活用」を研究するNPO法人でも活動した。セカンドキャリアを考えたとき、自分を育ててくれた愛媛に戻り、地に足を付けて若い選手を育てたいと思うようになった。

 

 放課後、伊予農高の体育館にひときわ大きな声が響いた。「そこ楽(らく)するな。楽しいと楽は同じ漢字だが、意味が全然違うぞ!」。部活動を続けていれば、「しんどい」「辞めたい」と誰もが一度ならず思うこと。そこで留まり、卒業まで続けた子たちが「部活辞めなくてよかった」と言ってくれた時が、最高の瞬間だ。

 

 

 

 【伊藤涼子(いとう・りょうこ)さん=旧姓・徳野】 雄新中ー聖カタリナ学園高ー筑波大。2001年ビーチバレーのアジア選手権で優勝。02年釜山アジア大会で銅メダルに輝いた。04年アテネ五輪に楠原千秋選手とペアで出場し1勝を挙げ17位。05年に現役引退後、筑波大大学院を経て松山商高の教諭に、2019年4月から現職。

 

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