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高校野球愛媛大会 熱戦録

<5>1967年準々決勝 内子1―2松山商 延長17回 夏将軍と死闘

2020年7月26日(日)(愛媛新聞)

【内子―松山商】内子8回表2死から明智昭が中前打を放つ=1967年7月27日、松山球場

【内子―松山商】内子8回表2死から明智昭が中前打を放つ=1967年7月27日、松山球場

 創部17年目にして初めて準々決勝にたどり着いた内子。対する松山商は夏の甲子園でそれまでに3度優勝、前年も準優勝を飾っていた名門。力の差は歴然と見られたが、試合は内子が初回、スクイズで鮮やかに先制すると、大方の予想に反する展開でイニングを刻んでいった。

 内子のエースは明智昭。身長164センチと小柄ながら、初戦の2回戦では西条に3安打完投勝ちしている。この日も低めに決まるシュートとキレのいいカーブで松山商打線を翻弄(ほんろう)。実に九回1死までノーヒットピッチングを続けた。しかし、大記録での勝利まであと2人となったところで初安打を許し、それをきっかけに同点に追いつかれた。

 延長に入ってからは一転して松山商ペース。それでも内子は明智昭の力投とバックの好守備で必死にしのいだ。ゼロ行進が続いたが、再試合となる一歩手前の十七回、疲れの見えた明智昭が松山商打線につかまり、1死一、二塁からサヨナラ打を浴びて熱戦に終止符が打たれた。当時としては大会最長となる4時間4分の死闘だった。

 チームを率いたのは、後に今治西で指揮を執る亀山和磨監督。夏将軍を向こうに回しての大善戦に大きな拍手が送られたが、「負けたんだから満足じゃない。だが、選手はよく頑張ってくれた」と唇をかんだ。

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