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高校野球愛媛大会 熱戦録

<2>1956年決勝 松山商2―3西条 守りの野球 松山商倒す

2020年7月23日(木)(愛媛新聞)

ライバル松山商を下し、初の夏の甲子園出場を決めた西条ナイン=1956年

ライバル松山商を下し、初の夏の甲子園出場を決めた西条ナイン=1956年

 「野球王国・愛媛」を象徴するチームと言えば、まず松山商の名前が挙がるだろう。昭和30年代初頭、この松山商に強烈なライバル意識を燃やして挑んだのが、西条だった。

 1955年、後に亜大監督も務めることになる矢野祐弘が監督に就任。「打倒・松商」を掲げ、徹底した猛練習で選手を鍛えた。めざしたのは、松山商を上回る「守りの野球」の完成だった。

 甲子園を懸けて宿敵との対決となったのが、56年夏の県予選決勝だった。この試合、西条が三回、四死球の走者を二、三塁に置き、青野(元・南海など)が三遊間を破るタイムリーで2点を先制。しかし、松山商も五、八回に1点ずつ返し、両者譲らぬ緊迫の展開となった。

 勝負が決したのは八回裏。西条は2死一、三塁の場面で、一塁走者の青野が虚を突いて盗塁のスタートを切った。これを刺そうと、松山商の投手が二塁に送球する間に、三塁走者の石井がホームを陥れ、決勝点となった。

 安打数は松山商7に対し、西条はわずか1。足を使った巧みな試合運びと、矢野やナインの執念の勝利だった。両チームは北四国大会決勝でも再び顔を合わせたが、自信をつけた西条は5-2で松山商に快勝し、初の夏の甲子園出場を果たした。

 西条はこの年の夏の甲子園でベスト4に進出。そして3年後の59年には2度目の夏の甲子園で全国制覇を果たし、62年にも夏ベスト4と、黄金時代を築き上げた。

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