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2020
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高校野球 経験は必ず生きる

元プロ野球選手 鵜久森さん(済美高出) 失意の球児にエール

2020年5月31日(日)(愛媛新聞)

プロ野球を引退し、会社員として働く鵜久森淳志さん(提供写真)

プロ野球を引退し、会社員として働く鵜久森淳志さん(提供写真)

済美時代の鵜久森淳志さん(左から2人目)=2004年8月21日、甲子園球場

済美時代の鵜久森淳志さん(左から2人目)=2004年8月21日、甲子園球場

プロ野球を引退し、会社員として働く鵜久森淳志さん(提供写真)

プロ野球を引退し、会社員として働く鵜久森淳志さん(提供写真)

済美時代の鵜久森淳志さん(左から2人目)=2004年8月21日、甲子園球場

済美時代の鵜久森淳志さん(左から2人目)=2004年8月21日、甲子園球場

【学んだ「気遣い」実感】

 全国高校野球選手権大会の中止決定から10日余り。愛媛では代替大会の8月開催が検討されており、気持ちを切り替え、再開された部活動に励む3年生も少なくない。済美の2004年春の甲子園優勝、夏の準優勝に4番打者として貢献した元プロ野球選手の鵜久森淳志さん(33)は「厳しい高校野球をやり抜いたことは必ず生きる」と、思わぬ苦境に直面した球児の背中を押す。

 

 甲子園中止に鵜久森さんは「そこで戦うことを目標に練習してきたはず。命を守ることは大切だが、道を閉ざされた選手には掛ける言葉が見つからない」と心中に寄り添った。

 高校時代、故上甲正典監督が口にしていた言葉があったという。「レギュラーは活躍すれば、いい大学や企業に入れる。控えの選手はどうだ。試合に勝って野球部全体の評価を上げて、控えの進路も変えてやるんだ」

 鵜久森さんは「支えてくれる仲間のためにも、勝ち上がらなくてはいけない気持ちが強まった」。そうした思いをぶつける場を失った3年生の無念さを思いやる。

 猛練習や輝かしい実績の一方で、記憶に残る一こまがある。1年生の時、朝のあいさつを怠った鵜久森さんは、上甲監督から「目配り、気配り、心配りが重要。目配りが足りていない」と注意を受けた。

 「高校野球は人間教育」を理念に礼儀は厳しく指導された。高校卒業後は日本ハム、ヤクルトでプレーし、18年の引退後は千葉県内で会社員として働く鵜久森さん。学んだ気遣いの大切さは「高校野球後」にも生きていると実感している。

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