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広瀬順子(パラ・リオ大会柔道銅メダリスト)

「あのボロ負けで肩の荷が下りた。負けて良かったと今は思う」

2020年4月23日(木)(愛媛新聞)

photo:PARAPHOTO/YAMASHITA.Genki

photo:PARAPHOTO/YAMASHITA.Genki

 二人三脚で銅メダルをつかんだ2016年のパラリンピック・リオデジャネイロ大会。女子柔道で日本勢初の表彰台に立った広瀬順子。あれから3年余り。山あり谷ありの道を、夫でパラリンピック北京大会、リオ大会に出場した広瀬悠とともに乗り越え、夫妻は一回り強く、大きくなった。

 

 日本女子柔道に初のメダルをもたらし、約1年が経過した2017年10月、順子はウズベキスタンでどん底を味わった。リオ大会以来の国際大会で、戦った2試合とも1分以内で投げられる惨敗を喫した。

 

 「東京大会はもっといい色をとの期待を感じたり、リオで上位にいた選手が引退などでいなくなったり、勝たないといけないという気持ちが強くなりすぎていた」。重圧にがんじがらめになり「柔道が楽しくなかった」。

 

 逆境を力に変えた。積極性の半面、課題は守り。防御の堅い悠から、相手の技を出しにくくする力の掛け方を教わると、こつをつかんだ18年以降は国際大会でメダルラッシュ。18年、トルコで開かれた視覚障害者柔道のワールドカップで金メダル。初めて世界の頂点に立ち「勝ちたいという気持ちで負けなかったことが一番の勝因だと思う。粘り強く自分らしい柔道ができた」と振り返り、「あのボロ負けで肩の荷が下りた。負けて良かったと今は思う」。

 

 一方、リオ大会は1回戦、敗者復活戦とも敗れた悠。守り重視からの脱却を目指し「柔道の教科書やDVD、健常者の試合を見て、勉強し直した」。40歳のベテランは技の引き出しが増え、19年はアジア・オセアニア選手権で5位に入るなど好成績が続いている。

 

 19年12月の全日本視覚障害者大会はそろって優勝。互いに支え、高め合う2人。大舞台での共演第2章に期待がかかる。

 

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