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GO FOR TOKYO!

オリンピアン 栄光の記憶 愛媛の五輪史

2020年1月1日(水)(愛媛新聞)

競泳・鶴田義行 男子200平「金」=1928・32年

競泳・鶴田義行 男子200平「金」=1928・32年

体操・河野昭 男子団体「銀」=1956年

体操・河野昭 男子団体「銀」=1956年

体操・山下治広 男子個人跳馬「金」 男子団体「金」=1964年

体操・山下治広 男子個人跳馬「金」 男子団体「金」=1964年

ボクシング 浜田吉治郎(右)

ボクシング 浜田吉治郎(右)

女子やり投げ 片山美佐子

女子やり投げ 片山美佐子

ボートかじ付きフォア 山内政勝(右から2人目)

ボートかじ付きフォア 山内政勝(右から2人目)

男子走り幅跳び 山田宏臣

男子走り幅跳び 山田宏臣

競泳 吉村昌弘 男子200平「銀」=1956年

競泳 吉村昌弘 男子200平「銀」=1956年

競泳・田口信教 男子100平「金」 200平「銅」=1972年

競泳・田口信教 男子100平「金」 200平「銅」=1972年

重量挙げ 真鍋和人 52キロ級「銅」=1984年

重量挙げ 真鍋和人 52キロ級「銅」=1984年

柔道・中矢力 男子73キロ級「銀」=2012年

柔道・中矢力 男子73キロ級「銀」=2012年

 

 愛媛県人初のオリンピアンは、1932年のロサンゼルス大会に出場した体操の武田義孝(今治市出身)。体操で日本が五輪に初参加した同大会は団体総合で出場5チーム中5位に終わったが、体操の日本チームの主将として出場した36年のベルリン大会では団体総合が14チーム中9位、個人総合は111人中43位の成績を残した。

 武田の後を継ぐように、56年のメルボルン大会では河野昭(宇和島市出身)が活躍。人並み外れた腕力を生かし「あん馬の河野」と言われた得意種目で、日本の団体銀メダル獲得の原動力となった。河野は、64年東京大会で跳馬と団体の二つの金を取った山下治広(宇和島市出身)らに影響を与え、「体操王国日本」の礎を築いた。

 競泳でも五輪史に偉大な足跡を刻んだ。鶴田義行は28年アムステルダム、32年ロス大会の男子200メートル平泳ぎで日本人初の五輪2連覇を達成。鶴田は鹿児島市出身だが、47年に妻の故郷の松山市に招かれて移り住み、県水泳連盟設立や子ども対象の水泳学校開設など愛媛水泳界の発展に尽力した。

 56年メルボルン大会には、鶴田の指導をきっかけに競泳を始めた吉村昌弘(宇和島市出身)が出場した。男子200メートル平泳ぎで「潜水泳法」を駆使し、当時の五輪記録より速い2分36秒7で銀メダルを獲得、金の古川勝とともに日本勢ワンツーフィニッシュを飾った。

 72年ミュンヘン大会で競泳日本勢に16年ぶりの金メダルをもたらしたのが田口信教(西条市出身)。初五輪だった68年メキシコ大会は男子100メートル平泳ぎで独自に編み出した「田口キック」が泳法違反とされ失格。苦い経験を糧に研さんを重ね、4年後に同種目で1分4秒94の世界新記録を出して栄冠をつかみ、200メートルでも銅メダルを手にした。

 「重量挙げのまち」新居浜市で育った真鍋和人は、84年のロス大会の52キロ級で銅メダル。大会前に左手首を痛め、万全な状態からは程遠かったが、痛み止めの注射を打ち死力を尽くした。

 その真鍋以来、28年ぶりに県人メダリストとなったのが2012年ロンドン大会柔道男子73キロ級の中矢力(松山市出身)。得意の寝技を中心に勝ち上がり、ロシア選手との決勝は右肘を痛めた影響もあり惜敗したが、殊勲の銀メダルだった。

 愛媛関係ではほかに野球のNTT四国(松山市)に所属していた西山一宇(高知市出身)が1992年バルセロナ大会で銅メダルを得た。

       ◇    ◇ 

 メダルには届いていないが、ボート男子の武田大作(伊予市出身)は県勢最多の5大会連続出場で2度の6位入賞。バレーボール女子の佐伯美香(松山市出身)はインドアからビーチに転向した2000年シドニー大会で4位、同大会の野球では沖原佳典(松山市出身)が4位に貢献した。04年アテネ大会では陸上女子マラソンの土佐礼子(松山市出身)が5位、レスリング男子グレコローマンスタイル84キロ級の松本慎吾(宇和島市出身)が7位で入賞し、県民を沸かせた。

 

【64年東京「山下跳び」に沸く】

 1964年の前回東京五輪には、愛媛出身の7選手が出場した。世紀の祭典で県人初の金メダルに輝いたのが、体操男子の山下治広(宇和島市出身)だ。

 「自信は十分」と初の五輪に臨んだ山下は、団体で総合優勝を飾り、迎えた種目別跳馬で圧巻の演技を見せた。伸身技しかなかった跳馬に屈伸を組み込み、自身の名前を冠した「山下跳び」を成功させた1回目から9・90点をマークする見事な跳躍を披露。さらに「ひねり」を加えたウルトラC「新山下跳び」も決め、2位以下を大きく引き離す圧勝だった。表彰台の一番上に立ち、「これで親孝行ができました」とコメントした。

 陸上では、男子走り幅跳びの山田宏臣(松山市出身)と女子やり投げの片山美佐子(久万高原町出身)がともに予選を突破し決勝進出。山田は土砂降りの悪コンディションに苦しんで記録を伸ばしきれず7メートル16の9位。片山も予選より記録を落としたものの大舞台で力投し、46メートル87で11位だった。

 2選手が出場したボクシングは、ウエルター級の浜田吉治郎(松山市出身)が1、2回戦を快勝したが、2回戦で負傷した両手の痛みが響いて準々決勝敗退。それでも堂々のベスト8だった。ヘビー級の丸山忠行(松山市出身)は長身のオーストラリア選手に苦戦し、1回戦で涙をのんだ。

 カヌー女子カヤックペアの岡本敬子(東温市出身)は準決勝で惜しくも失格。ボートかじ付きフォアの山内政勝(松山市出身)は敗者復活戦で敗れた。このほか、宇和島市吉田町にゆかりのある馬術の法華津寛は当時23歳で初出場し、団体12位に入った。

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