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エースと呼ばれ責任感 数字より感動大事に

愛媛FCを今季限り退団 河原和寿に聞く

2019年11月14日(木)(愛媛新聞)

愛媛FCでの7年間を振り返り、感謝を述べる河原和寿=松山市菅沢町

愛媛FCでの7年間を振り返り、感謝を述べる河原和寿=松山市菅沢町

 愛媛FCに7年在籍し、クラブ史上最多のJリーグ44得点を挙げた河原和寿(32)が今季限りで退団する。シャドーストライカーとして2015年のJ1昇格プレーオフ進出の立役者となり、エースと呼ばれた背番号20。退団の理由や愛媛への思いを聞いた。

 

 ―愛着を語っていた愛媛を離れることになった。経緯は。

 勇気が必要で、本当につらい決断。サッカー選手としての先を考えたとき、愛媛に残ることはベストではないと思った。

 隠さずに言えば、今季の初めからここでプレーするのは最後だと思っていた。理想だったこのクラブでの引退と現役続行で迷っていたが、まだ選手を続けたいという気持ちが少しだけ残っていた。来季のことは決まっていないが、いろんな人に相談し「辞めれば選手には戻れない」という家族の言葉が響いた。

 

 ―この1年は出場機会が大幅に減っていた。

 本当に苦しかった。一時期はサッカーが嫌になって、かなり引退に心が傾いた。知人や家族のおかげで何とか気持ちを保てていた。

 ただ、選手の価値は試合に出て点を取ることだけじゃない。チームを引っ張るために、姿勢を見せることが自分の存在価値だと考えた。毎日全力を尽くしてきたことは、自信を持って断言できる。

 

 ―愛媛での7年で印象に残っていることは。

 特定の試合というより、プレーオフに出た2015年のシーズン。あの1年の一体感は忘れることができない。クラブとしても絶対に忘れないでほしい。失われれば、この規模のクラブが勝つことはできなくなる。

 僕はFWだったが、何人もがゴール前で体を張り、シュートにスライディングで飛び込んでいくのを見て、味方なのに感動していた。DFも守備に走るFWを同じ気持ちで見ていたと思う。見苦しかったかもしれないが、愛媛らしさをプレーと結果で表現できていた。

 

 ―愛媛ではエースと呼ばれた。

 自分では「そんなに点を取れる選手じゃない」と思っていたし、プレッシャーは怖いこともあった。でも、そう呼ばれたから責任感が生まれた。

 数字上の実績はどうでもよくて、プレーでどれだけみんなの心を動かせたかが大事だった。感動してもらいたいし、何かを感じてもらいたかった。少ないかもしれないけど、愛媛のサポーターは思いが強い。何かを心に残せていたらいい。

 

 ―ホーム最終戦を含め、まだ愛媛FCで2試合残っている。

 ホーム最終戦は、サポーターがニンスタでチームを応援できる今年最後の機会。選手も1試合に人生を懸けている。だから、僕はアピールするしかない。いつも通り競争してスタメンを勝ち取る。ピッチに立てば思い切り走るし、立てなければ思い切り応援する。その姿勢は貫く。

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