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「生かされた命 役立てたい」

体内に銃弾62年 宇和島の牧野さんが出版

2019年9月24日(火)(愛媛新聞)

体内に空気銃の弾を残したまま62年、今も元気に農作業などに汗を流す牧野省三さん=18日、松山市

体内に空気銃の弾を残したまま62年、今も元気に農作業などに汗を流す牧野省三さん=18日、松山市

 

体内に空気銃の弾を残したまま62年、今も元気に農作業などに汗を流す牧野省三さん=18日、松山市

体内に空気銃の弾を残したまま62年、今も元気に農作業などに汗を流す牧野省三さん=18日、松山市

 

 幼いころの偶発的な事故で右胸に空気銃の弾が入ったまま62年、現在も元気に農作業を続けている男性がいる。宇和島市吉田町知永の牧野省三さん(68)。「常に死をある程度意識せざるを得なかった」という半生をつづり、このほど「銃弾と共に―生かされた命に感謝して」=写真=を出版した。

 牧野さんは6歳の時、農家の庭先で、青年2人が空気銃でカボチャを撃つところに居合わせた。その時、誤射された1発の銃弾が牧野さんに当たった。強い衝撃を受け、右胸に血がにじんだという。

 急ぎ病院に運ばれ、エックス線検査で右胸に銃弾が残っているのを確認。別の病院で手術に臨んだが、摘出には至らなかった。後に、銃弾は肺を貫通し鎖骨に当たり、肺の裏にへばりつくように止まったと分かった。「弾道があと少しずれていたら、即死だった」と、牧野さんは「わずか数ミリの奇跡」に驚嘆する。

 事故を知る人も年々少なくなり、「記録に残して、こんな状況でも生きている人間がいると知ってもらえたら」と約10年前、自伝の執筆を始めたが、2015年3月、また「九死に一生」の事故が起きた。松山自動車道を走行中、つい居眠り運転をして対向車線にはみ出し、大型トラックと衝突、乗っていた軽自動車は大破した。

 しかし、たまたま後続車両に救急救命士を含む消防士4人が乗っていたこと、スポーツの遠征途中のマイクロバスから救急箱が提供されたことなど、いくつもの幸運が重なり、肋骨(ろっこつ)9本骨折など重傷を負ったが一命を取り留めた。懸命なリハビリで体は徐々に回復する一方、心の傷は大きく、しばらくは事故現場を見ることも、車を運転することもできなかった。

 趣味でヘリコプターの免許を取得するなど、元来、好奇心旺盛で前向きな性格の牧野さんだが、「偶然に偶然が重なって生き残った自分の命とは何だろう」と繰り返し考える。「生かされた命で、何か人の役に立つことをしたい」と、東日本大震災で被災した宮城県石巻市内の小学校に、毎年かんきつ類を送っている。また、身近に赤ちゃんが生まれたと聞けば、得意の木工で幼児用のいすを作り、満1歳の誕生日に贈っている。

 人との温かい縁を結び続ける「生かされた命」。牧野さんは「これから先、災害・事故・病気・事件など、いろいろな試練があるなかで、わが身を含め、多くの人たちが幸せに命を全うできることを願いたい」と、同書に記している。

 同書はアトラス出版、1944円。

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