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人・人・人…12万人熱気

追想 55年前、伊予路駆けた聖火

2019年6月28日(金)(愛媛新聞)

聖火リレー隊を引っ張る愛媛で唯一の女性正走者の秋中加代子さん=1964年9月14日

聖火リレー隊を引っ張る愛媛で唯一の女性正走者の秋中加代子さん=1964年9月14日

愛媛の聖火ランナーの第1走者として松山市の高浜を出発する谷村隼美さん(中央)=1964年9月12日

愛媛の聖火ランナーの第1走者として松山市の高浜を出発する谷村隼美さん(中央)=1964年9月12日

山間部をひた走る愛媛の聖火リレー隊=1964年9月14日

山間部をひた走る愛媛の聖火リレー隊=1964年9月14日

 

【東京五輪の聖火ランナー 7月1日から募集開始】

 2020年東京五輪の聖火ランナーの募集が7月1日から県内20市町で始まり、来年4月22、23日に愛媛で行われる聖火リレーの準備が本格化する。前回1964年の東京五輪の聖火は、松山市の高浜港から旧柳谷村(現久万高原町)県境まで48区間79・5キロを1104人の若者が2日間(予備日除く)かけてつないだ。55年前の県内の熱狂ぶりを当時の紙面やランナーの声で振り返った。

 

 「高浜の駅前はとにかくすごい人で、人垣をかき分けて進んだ」。64年9月12日、大分県別府市から国内のリレーで初めて海上輸送された聖火を引き継ぎ、愛媛の第1区の正走者を務めた谷村隼美さん(74)=新居浜市大生院=は、あの日の光景をはっきり覚えているという。

 

【峠の悪路越え山村彩る】

 1964年9月12日午後3時前、愛媛の聖火リレー隊は松山市の高浜を出発。堀之内までのコースは約12万人の群衆でごった返し「郷土部隊が出征したときも、天皇巡幸のさいも、これほどの人出はなかった」(13日付愛媛新聞朝刊)という熱気に包まれた。

 当時20歳、陸上実業団の強豪・クラレ西条で活躍していた第1走者の谷村隼美さんは「沿道からは声にならないどよめきが起きて異常なムードだった。ただ自分の区間を無事に走りきることだけを考えていた」。胸に日の丸が描かれた白いランニング姿で副走者と随走者計22人を引き連れ、中継地点の梅津寺までの1・3キロを走り終えた時は「本当にほっとした」。

 市内中心部に入った聖火は、歓迎の横断幕に紙吹雪が舞う道後温泉から一番町、伊予鉄道松山市駅前を経て午後4時40分すぎ、堀之内の陸上競技場に到着。聖火台に点火されると、興奮は最高潮に達した。戦後19年、経済成長のシンボルでもあった東京五輪。谷村さんは「あの頃の日本は世界に肩を並べるようになり、アジアで初めて開かれる五輪で日本全体が盛り上がっていた」と回想する。

 県庁内で2泊した聖火は14日午前9時前、高知県へ向けスタート。ルートは12日とは打って変わり、国道33号沿いの山間部を巡った。三坂峠は急勾配な上、国道が改良工事中で路面状態は悪かったが、地元の子どもたちの清掃奉仕や建設省(当時)による防じん剤散布などの協力で走路は準備万端整えられた。

 

 ひときわの歓迎に沸いたのは旧久万町(現久万高原町)内の1・4キロを通過した第32区。陸上女子やり投げで五輪に出場する片山美佐子さんの地元でもあり、約千人の町民が出迎えた。県内ルートで唯一の女性正走者となった秋中加代子さん(72)=旧姓中川、広島県廿日市市=は「ゴール地点の久万中央公民館前は建物の2階まで鈴なりの人で、見たことのない光景が広がっていた」。

 同区間は、当時17歳で松山北高校3年生だった秋中さんを先頭に随走者を含め15人が女性の編隊。「片山さんを盛り上げるためのチームだったと思う。地元でより応援するムードが高まればという思いで走った」。華やかなリレーで山村を彩った聖火は、旧美川村(同)を抜け旧柳谷村(同)県境で高知県へ引き継がれた。

 陸上の有望選手だった2人にとって、聖火ランナーの経験はその後の人生の糧になったという。マラソンで五輪出場を目指した谷村さんは、5年後の福岡国際で当時世界歴代8位の2時間12分3秒をマーク。この県記録は2018年まで破られなかった。5種競技のインターハイ選手だった秋中さんは東京五輪直後の10月27日、「ポスト五輪」として西ドイツなど3カ国の選手を招いた国際交歓松山大会に参加し、五輪に出場した外国人選手と400メートルリレーで競演。「一生にあるかないかの体験をさせてもらった」と目を細める。

 来年4月に実施される2度目の東京五輪の聖火リレーは県内全市町を回る。谷村さんは「できる限り高齢者や障害者からも広く選考し、誰もが参加できるようにしてもらいたい」と要望。ランナーには西日本豪雨被災地の「復興枠」も設けられる。秋中さんは広島に住む家族らに直接の被害はなかったが「愛媛も広島にもまだ仮設住宅に住まれている方がいる。被災者が元気をもらえるようなリレーになれば」と願った。

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