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東日本大震災8年 取り組み・課題 切実訴え

癒えない心 伝える使命 松山で岩手日報記者ら講演

2019年3月12日(火)(愛媛新聞)

岩手日報社の記者らが東日本大震災で得た教訓などを伝えた講演会=11日午後、松山市大手町1丁目の愛媛新聞社

岩手日報社の記者らが東日本大震災で得た教訓などを伝えた講演会=11日午後、松山市大手町1丁目の愛媛新聞社

報道部次長 鹿糠敏和さん(39)

報道部次長 鹿糠敏和さん(39)

報道部記者 鈴木優香理さん(35)

報道部記者 鈴木優香理さん(35)

企画推進部長 柏山弦さん(45)

企画推進部長 柏山弦さん(45)

 東日本大震災の発生から8年がたった11日、岩手県の地元紙・岩手日報社の鹿糠敏和報道部次長(39)ら3人が、松山市大手町1丁目の愛媛新聞社で講演した。震災を忘れない、忘れさせないためのさまざまな取り組みを紹介。「町や住宅、鉄道などハード面の再建が進んでも、心の復興は遠い」と訴えた。

 岩手日報では震災後、犠牲者の遺族へのアンケートを継続している。鹿糠さんは今年の結果から「悲嘆を抱え、孤立している人も多い。震災に終わりはない」として、被災地の心に寄り添う報道を続けていく決意を述べた。

 教育分野担当の鈴木優香理記者(35)は、1月に陸前高田市気仙小学校が完成し、岩手県内で被災した全67校が復旧したと報告。「家族を失い、長期間の心のケアが必要な子がいる一方、今の小学生は震災の記憶がほとんどない。教訓をどうつなぐかなど、将来にわたって向き合うべき課題がある」と話した。

 同社では震災の風化防止を目的に、3月11日を「大切な人を想(おも)う日」とする広告キャンペーンを展開中。愛媛新聞社1階ロビーで4月5日まで開催している震災報道写真展でも賛同の署名を募っている。

 

【岩手日報講演要旨】

【報道部次長 鹿糠敏和さん(39) 悲しむ人むしろ増えた】

 私は大船渡市で被災した。津波を撮るため海に向かって車を走らせ、町全体が津波に覆われる状況を撮影していた。一晩そこで孤立し脱出したのは翌日。車も流され、津波の写真は撮れたもののちゃんと発信するすべもなく安否も伝えられずある意味、自社の報道を止めてしまった。

 取材は一生懸命していたがただただ目の前の事実に翻弄(ほんろう)され、事実に記事を書かされていた。記憶が1週間ほどない。3月20日ごろ漁師に「ここの海でおれらは生きていく」と聞き、伝えたいと思った。意識が新聞記者に戻ってきた。

 被災地でハード面の復興は少しずつ進んでいる。商業施設やホテルなど大きな施設は出来ているもののまだ空き地が多く残る。災害公営住宅はほぼ完成してきている。仮設住宅は一時4万人を超えていたが今は3千人を切った。これを少ないとみるか多いとみるか。課題を列挙すると人口減に働き手不足、基幹産業の漁業の不振。災害公営住宅は孤独、記憶の伝承、風化、温度差との闘いがある。

 亡くなった人の遺訓をしっかり生かしていきたい。遺族の悲嘆は時間がたてばたつほど下がることではない。今年の調査では悲しんでいる人が増えている。最後のご遺族が天寿を全うするまで震災に終わりはない。そういう意味で長い目で取材しなければいけない。

 

【報道部記者 鈴木優香理さん(35) 読者に勇気与え続ける】

 2012年4月から2年間、陸前高田支局に勤めた。震災1年後、復興が始まったばかりの頃だった。

 被災地に暮らし、どのように報道していくか。私は震災時被災地におらず、出身も内陸部で家族の被害もない。そこで二つのルールを決めた。一つは取材する上で分かったふりをしないこと。もう一つは「分かる努力」をやめないこと。

 その意識を持ち、被災地の課題を報じる企画「復興最前線」で学童保育を取り上げた。学校でも家庭でもない場所で、子どもたちが気持ちを吐露するようになっていた。受け止める側も家族を失うなどしていて葛藤がある。一緒に悩みながら伝えていこう、分かる努力をやめないという気持ちで取り組んだ。

 私は、著名人に「被災地へのメッセージ」を寄せてもらう企画にも長く携わっている。今年は釜石市などを舞台に開かれるラグビーワールドカップPRキャプテンの舘ひろしさん。これまでに香取慎吾さんや吉永小百合さん、大谷翔平選手などからも頂いた。昨年の香取さんのメッセージには多くの反響があり、影響力の強さを感じた。

 著名人から励ましの言葉をもらい、読者に勇気を与えたい。メッセージを通して、全国の多くの人が震災を忘れず考える機会にしたい。そんな気持ちを込めて続けている。

 

【企画推進部長 柏山弦さん(45) 「大切な人を想う日」に】

 震災の発生から広告の立場でいろいろやらさせてもらっている。昨年は地震や豪雨で被災した北海道と西日本の被災地へ、岩手県民298人が1人1文字を書いた「雨ニモマケズ」を掲載した広告を届けた。岩手県が生んだ詩人宮沢賢治の298文字の詩だ。

 震災以降、全国からたくさんの支援をいただき、人の思いの尊さを知った。この詩は人に寄り添い、人の力になっていくことを理想とし、ひたむきに生きようとつづっている。震災を経験した岩手の人々の「あの時に思いを寄せてくれた方々の力になりたい」との気持ちなどから企画した。

 そもそも復興とは、風化とは、3月11日とは何だろうとか、感謝の伝え方はどうするのだろうかとか、結局よく分からず、こんな形なら響くのではと始めた広告もある。動画は「震災を勝手に終わらせない」と終わっている。紙面では3月11日を「大切な人を想(おも)う日」と締めている。

 今年の紙面では傷ついた遺体を元に戻して納棺する復元納棺師の女性に協力いただいた。女性は震災の時に300人くらいを送られた。

 あの日、たくさんの人が同じ明日が約束されていないと気づいた。私自身もそうだが忘れがちなのでその頃の気持ちを思い出してもらえればと思っている。

 

「岩手日報社記者震災講演会」は21日午後1時から愛媛CATVイベントチャンネルで放送します(再放送あり)。

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