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悲願向け ナイン決起

球春 今年こそ 松山聖陵2年連続センバツ

2019年1月26日(土)(愛媛新聞)

2年連続での選抜大会出場が決まり、喜ぶ松山聖陵ナイン=25日、松山市久万ノ台

2年連続での選抜大会出場が決まり、喜ぶ松山聖陵ナイン=25日、松山市久万ノ台

 

 

 第91回選抜高校野球大会(3月23日から12日間・甲子園)の出場32校を決める選考委員会が25日、大阪市の毎日新聞大阪本社で開催され、愛媛からは昨秋の四国大会で準優勝した松山聖陵が、2年連続2度目の出場を決めた。

 組み合わせ抽選会は3月15日に行われる。

 

【悲願向け ナイン決起】

 2年連続の選抜大会出場が決まった松山聖陵。悲願の甲子園初勝利に向けて、ナインは気持ちを新たにした。

 松山聖陵に吉報が届いたのは午後3時40分ごろ。連絡を受けた渡部正治校長は、グラウンドに待機していたナインに出場決定を報告し「選抜大会は2年連続で、甲子園出場は3回目になる。今年は新しい歴史をつくってほしい。あと2カ月、しっかりと鍛えて四国、愛媛の代表として頑張ってください」と激励した。根本主将は「先輩たちが果たせなかった甲子園初勝利を目指す」と答え、渡部校長と握手を交わした。

 昨年の秋季大会では、持ち味のつなぐ打線で力を発揮し、四国大会準優勝を果たした。1番打者の大村一塁手は「決まって実感が湧いてきた。初球からどんどん振っていき、リードオフマンとしてチームに流れをもってきたい」と抱負を語った。11打点と勝負強かった4番の折田中堅手は、昨年の選抜大会でベンチ入りした。再び挑む大舞台に向けて「さらに鍛えて甘さをなくし、チームを引っ張っていきたい。去年甲子園に行った経験は大きいので、チームに伝えたい」と表情を引き締めていた。

 チームは3月7日から沖縄遠征で練習試合を重ね、選抜大会に臨む。四国大会準々決勝で完投した平安山投手は「甲子園に出場できることに満足せず、残りの2カ月の練習に取り組む」ときっぱり。複数の投手をリードする岸田捕手も「甲子園初勝利を目指して、チームに貢献するプレーをする」と言い切った。

 

◆思い切って戦う◆

 【松山聖陵・荷川取秀明監督の話】出場が決まり、ほっとしている。選抜大会は意識せず、秋に出た課題をつぶしていこうと練習してきた。昨年大会を経験した選手もいるので、四国代表として思い切って戦いたい。

 

◆成長できる場所◆

 【広島カープ・アドゥワ誠投手(松山聖陵OB)の話】僕たちが出場できなかった選抜大会で素晴らしい経験をしてほしいです。自分を成長させてくれる場所だと思うので、まずは1勝を目指し1試合でも多くプレーできるよう頑張ってください。

 

[戦力分析]

【粘りの投打 底力あり】

 夏場に鍛えたつなぐ打線と土壇場で見せる精神的な強さを持ち味に秋季大会を粘り強く勝ち上がった。

 県大会準々決勝の今治北戦では、岸田のサヨナラ本塁打で勝利。準決勝は聖カタリナ学園にコールド負けを喫したが、代表決定戦で第1シードの今治西を9―3で破り、県3位に滑り込んだ。四国大会は順当に勝ち進み、決勝で高松商に1―3で敗れたが、初めて準優勝を果たした。

 チーム打率は3割1分9厘。長打からの得点は少ないが、四死球は計55個と選球眼の良さを生かして塁を埋め、単打をつないで得点を重ねる場面が目立った。上位から中軸の5人が打率3割を超えており、チーム全体の半分以上となる32打点を稼ぐ得点源だ。先頭の大村は、四国大会準決勝の富岡西戦で本塁打を放つなど決定力もある。中軸は田窪が三塁打3本を含めた11安打8打点、チームトップの11打点を稼ぎ出した折田は足でも4盗塁と実力を示した。

 投手陣はエース根本と1年生右腕平安山を中心に粘り強く投げる。根本は7試合25イニングに登板し防御率4・62と振るわなかったが、冬場のトレーニングで体重を増やし、188センチの長身を生かした角度のある直球に磨きをかけて選抜大会に臨む。平安山は3試合23イニングで防御率2・35と安定しており、切れのあるスライダーが大きな武器。ほかにも高松、佐野らが控える。課題の守りは計11失策。秋季大会以降、一人一人が捕球の改善に努めており、本番までに安定した守りを構築したい。

 根本主将は「選抜大会出場に向けて、冬場のトレーニングも気持ちを切らさず取り組んできた。まだ挙げられていない甲子園初勝利を自分たちで勝ち取りたい」と気持ちを新たにしていた。

 

[部史]

【16年夏に初の「甲子園」 3度目 プロも輩出】

 1961年開校の私立校。男子校だったが2008年に男女共学となった。普通科にスポーツコースなどのコースを設けているほか、自動車工学科、機械科、建築科がある。

 野球部は1970年に誕生。南宇和などで采配をふるった田内逸明氏が初代監督に就き、創部2年目の秋に県大会でベスト4に進むなど実績を残した。92年には南宇和、明徳義塾を甲子園に導いた竹内茂夫氏を監督に招き、93年秋の県大会では創部初の四国大会出場を決めた。しかし初戦で高知商に惜敗し、選抜大会出場を逃した。翌94年春の県大会では初の栄冠に輝くも、夏は2回戦で南宇和に敗れた。

 99年春にも県大会を制すると、初出場の春季四国大会も制した。しかし優勝候補として登場した夏は、準々決勝の宇和島東に9回2死から3点差を逆転され涙をのんだ。

 2002年に夏の県大会で初の決勝進出。ノーシードから勝ち上がり、甲子園初出場への期待が高まったが、のちに甲子園ベスト4入りする川之江に2―7で敗れた。

 現役時代に沖縄尚学で選抜大会優勝を経験した荷川取秀明監督がチームを率い、12年秋には19年ぶりに秋季四国大会に進出。初戦を取ったものの準々決勝で敗れ、ここでも甲子園はお預けとなった。13年春は県準優勝、夏は準決勝まで進んだ。

 16年夏はエースのアドゥワ誠を擁して県大会を勝ち上がると、新田との決勝を3―2で制し春夏通じて初の甲子園出場を決めた。甲子園では初戦で北海(南北海道)に1―2でサヨナラ負け。同年のプロ野球ドラフト会議で、アドゥワが広島から5位指名を受け、創部初となるプロ野球選手が誕生した。

 17年秋の四国大会で4強入りすると、18年春の選抜大会に初出場を果たした。同年秋のドラフト8位でロッテに入団したエース土居豪人を中心に戦ったが、初戦で近江(滋賀)と対戦し、5―8で敗れ、甲子園初勝利はならなかった。

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