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球音の行方 愛媛高校野球 新時代へ

(6)「最後の夏」以後 活躍の場は地元にも

2018年12月22日(土)(愛媛新聞)

県野球フェスティバルの野球教室で少年を指導する松山PXの千原大(左)=11月23日、坊っちゃんスタジアム

県野球フェスティバルの野球教室で少年を指導する松山PXの千原大(左)=11月23日、坊っちゃんスタジアム

 高校球児にとって甲子園は特別な場所だ。最大の目標といってもいいだろう。最後の夏を終え、それでもなお野球を続けたいと願う選手たちは、県内でチームを探し、新たな一歩を踏み出している。

 企業やクラブチームがしのぎを削る社会人野球。二大タイトルとされる都市対抗大会と日本選手権を主催する日本野球連盟(JABA)に県内で唯一加盟するのが「松山フェニックス(PX)」だ。

 「昔はプロよりも、大学を出て地元に帰り、ノンプロ(社会人)の地元企業チームで野球をするのが夢だった」。監督の千原宏之(59)は振り返る。かつては県内にも複数の企業チームがあったが、1999年に消滅。翌年、ノンプロ野球の灯を消すまいと松山PXは誕生した。県内選手の受け皿として大きな役割を担う。

 2014年には東京ドームであった都市対抗本戦に初出場した。松山北高出身で小学校教諭の千原大(28)は大学卒業後に県外で就職したが、14年の松山PXの活躍を見て帰郷。「野球を続けられる環境があれば、高校で終わるのはもったいない」と力を込める。

 ソフトボールに転向する選手も。男子西日本リーグに参戦する愛媛ウエスト(松山市)には複数の元高校球児が所属する。東温高出身の池田寛人(25)は、社会人野球を目指していたが肩のけがで断念、17年の愛媛国体をきっかけに転向した。今季から主将を務め「社会人になってもボールを追い掛けられている」と充実の表情を浮かべる。

 情熱を燃やす場は大学にもある。「高校最後の夏、レギュラーで出場できなかった悔いがあった。まだ終われんなって」。17年、4年ぶりに甲子園に出場した済美高で腕を磨いた松山大1年の篠浦颯斗(19)は、全国で戦う夢を大学で追う。

 関西への進学を考えていたが、松山大野球部の前監督から「力を貸してほしい」と勧誘された。松山大は12年秋、31年ぶりに明治神宮野球大会に、14年の全日本大学選手権にも出場した。篠浦は今度こそ悔いを残さぬよう、地元で全力を注ぐ覚悟だ。

 「国公立が強豪私学を破る方が面白いじゃないですか」。愛媛大3年の亀岡優樹(21)は白い歯をのぞかせた。15年春、21世紀枠で82年ぶりのセンバツ出場を果たした松山東。チームの歴史的1勝に貢献したのが投手の亀岡だった。

 卒業を機に野球を辞める仲間は多かったが、全国のレベルの高さに刺激を受け、野球を続けたい思いは一層強くなった。愛媛に残ったのは地元の温かい支援に胸を打たれたから。OBらから寄せられた寄付金や横断幕、会場での大声援…。「恩返しをしたいと思ったんです」。卒業後は社会人でプレーする意向を示している。

 生涯スポーツの普及が進み、マスターズ甲子園や地域の軟式野球リーグなど、各年代に合ったステージで競技を楽しむ選手も多い。球児にとって甲子園が唯一のゴールではない。(敬称略)

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