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発信!松山中央高校生記者

松山「野球文化」<下>松山中央高 子規熱中 普及に貢献

2018年8月12日(日)(愛媛新聞)

 

正岡子規が野球好きだったことを説明する平岡学芸員(右)

正岡子規が野球好きだったことを説明する平岡学芸員(右)

正岡子規が野球好きだったことを説明する平岡学芸員(右)

正岡子規が野球好きだったことを説明する平岡学芸員(右)

 松山市が生んだ文学者正岡子規。幼少期はスポーツをするタイプではなかったが、大学を目指して上京後、野球に熱中する。日本に野球が導入された明治20年ごろで、子規は19~23歳だった。

 6月10日の取材会では、松山市子規記念博物館の常設展示から、子規の野球への熱意を知った。

 学芸員の平岡瑛二さん(36)の説明では、ポジションは捕手。「子規は句会でみんなと議論するのが好きでリーダー格だった。だから仲間に指示をする捕手が向いていたのでは」と分析した。

 2002年には、野球の普及に大いに貢献したとして野球殿堂入りを果たした子規。様々なペンネームの中に幼名「升(のぼる)」をもじった「野球(の・ぼーる)」があった。短歌「今やかの三つのベースに人満ちてそぞろに胸のうちさわぐかな」、俳句「草茂みベースボールの道白し」、小説「山吹の一枝」など、数々の作品も残している。

 とにかく野球が大好きな子規。今では珍しい左利きの捕手だった。実際はうまかったかどうか分からないという。

 

 

【目線】 

【放送部、写真部】

 野球と子規の関わりを知ることができた。野球に関するたくさんの俳句や短歌からは、子規の愛情が感じられた。野球王国愛媛の基礎はここから築かれてきたんだと確信した。(K、A)

……………………………

タイトルカットは松山南高砥部分校デザイン科制作。高校生記者の活動は愛顔(えがお)スポーツ応援アプリ(愛媛新聞ONLINEアプリ)で随時更新。

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