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発信!松山商高校生記者

松山「野球文化」<上>松山商高 名勝負彩った「遺産」

2018年7月28日(土)(愛媛新聞)

 

高校生記者を前に、松山市営球場の思い出などを語る野志松山市長

高校生記者を前に、松山市営球場の思い出などを語る野志松山市長

高校生記者を前に、松山市営球場の思い出などを語る野志松山市長

高校生記者を前に、松山市営球場の思い出などを語る野志松山市長

 野球王国とも称される愛媛。今年からは「愛・野球博」も開催され、3年間にわたって多彩なイベントが計画されている。中心的存在である松山で東京五輪・パラリンピック「文化プログラム」の一環として、松山商高、済美高、松山中央高の高校生記者が「野球文化」を取材した。

 松山市城山公園の北西の一角に、ホームベースとピッチャープレートがひっそり置かれている。かつて数多くの名勝負の舞台となった松山市営球場を今に伝える「遺産」だ。

 市営球場は1948年に開場。以来、高校や社会人、プロ野球などが行われ、大勢のファンが詰めかけるなど愛媛の野球の聖地的存在となった。

 しかし2003年、城山公園が国史跡のため施設改修が困難で、老朽化も重なり閉場。聖地は坊っちゃんスタジアムへと移った。跡地には、球場の歴史を刻んだ解説板も設けられている。

 6月10日にあった「高校生記者取材会」で、野志克仁松山市長が跡地紹介のガイド役を担当。中学時代に試合で訪れ、ふかふかの芝生に驚いたことや地元放送局のアナウンサー1年目、夏の高校野球決勝が大熱戦になり「うまく実況できなかった」とのエピソードなども明かした。

 本年度から県と県内20市町が連携して実施している「愛・野球博」について、「正岡子規ゆかりの野球文化を知ってほしい」と熱く語った。

 

 

【目線】

【放送部】

 松山の野球の歴史に触れられた。市営球場はなくなっても、人々の心にいつまでもあり続けていることが分かった。野志市長の野球に対する情熱や愛情を強く感じることができた。(A、M)

……………………………

タイトルカットは松山南高砥部分校デザイン科制作。高校生記者の活動は愛顔(えがお)スポーツ応援アプリ(愛媛新聞ONLINEアプリ)で随時更新。

 

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