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現役高校野球監督・部長が選ぶ 愛媛大会名勝負ベスト10

<3>90年決勝 松山商―新田 公立×私立 壮絶乱打戦

2018年7月4日(水)(愛媛新聞)

松山商11回表、亀井が勝ち越しの二塁打を放つ(捕手・松本)=1990年7月28日、松山球場

松山商11回表、亀井が勝ち越しの二塁打を放つ(捕手・松本)=1990年7月28日、松山球場

元松山商監督の沢田勝彦氏

元松山商監督の沢田勝彦氏

松山商11回表、亀井が勝ち越しの二塁打を放つ(捕手・松本)=1990年7月28日、松山球場

松山商11回表、亀井が勝ち越しの二塁打を放つ(捕手・松本)=1990年7月28日、松山球場

元松山商監督の沢田勝彦氏

元松山商監督の沢田勝彦氏

 「公立の伝統校」対「私立の実力校」。当時の高校野球の対立軸を象徴したゲームだった。「夏将軍」松山商と春の選抜大会準優勝の新田が対戦した1990年夏の愛媛大会決勝は、壮絶なシーソーゲームの末に松山商が制した。

 決戦は両校監督による「師弟対決」でもあった。松山商監督就任2年目の沢田勝彦(61)=現北条監督=は、新田の一色俊作が松山商で監督をしていた当時の選手。ただ沢田は「意外と意識してなかった。それだけ必死やった」と振り返る。

 甲子園を懸けた大一番で激突した両者。一回に松山商が1点先制したのを皮切りに双方点を取り合う乱打戦となった。五、七回に新田が1点ずつ追加しリードするが、九回に松山商が同点に追い付き延長に突入した。

 十回には松山商が1点を挙げたが、新田が連打を浴びせて同点。さらに二走がホームを突いたが、中堅松崎の返球で逆転サヨナラを阻止。ここでも決着はつかなかった。

 十一回、1死三塁から松山商・亀井の適時二塁打で再び勝ち越したが、新田も先頭打者が出塁。中軸に打順が回ったが、後続が併殺に倒れ、3時間43分の熱戦は幕を閉じた。

 「夏の甲子園も新田に行かせると、私立の時代が来てしまう」。前年の秋季県大会で新田は松山商に10―2でコールド勝ちし、春の選抜大会では「ミラクル新田」の愛称で強打を武器に勝ち上がった。公立校優位だった愛媛野球に吹き始めた私立躍進の風。沢田には、恩師の存在よりも伝統校を追い越そうとする私立の足音が脅威だった。

 松山商は「打倒新田」を旗印に冬を越え、春季県大会では強力打線を零封。だが総合力でかなう相手ではない。危機感はいつしか「伝統校を守る」という執念になった。

 「きょうの試合の勝敗は『球運』につきる。どちらが勝ってもおかしくない内容だった」。翌日の愛媛新聞は、敗れた新田の一色監督の談話をそう伝えている。「球運」を最後につかんだのは、伝統校の意地だった。

 この年、沢田は指導者として初めて甲子園の土を踏んだ。3回戦で鹿児島実業に敗れたが「就任2年目で全国の壁を知ることができた」と語る。

 松山商は6年後の愛媛大会決勝で、一色が率いる帝京第五に勝利。甲子園では準々決勝で鹿児島実業に雪辱を果たすと、決勝は「奇跡のバックホーム」で熊本工を下し27年ぶりの全国制覇を果たした。その栄光の原点に、90年夏の激闘があった。

 

【アンケートの声】

 【中予の監督】延長十一回の最後まで予断を許さない決勝戦。松山商の意地を見た。

 【東予の監督】高校野球のすべてを物語る試合として毎年ミーティングでも使っている。

 【東予の部長】夏に強い松山商の本領を発揮した。私学が勢力図を変えるかと思われた流れを伝統の力で阻んだ点でもポイントとなる試合。

 

 

▽決勝(12時)

123456789-
松山商140000002-
新田212010100-
1011-------
松山商119-------
新田108-------

(延長十一回)

▽本塁打 西江、堀内、松本

▽二塁打 東、中川、亀井

▽犠打 松5(丹下、太田、三好2、中川)新0

▽盗塁 松1(釘貫)新3(松本2、高山)

▽失策 松1(坪井)新2(堀内、東)

▽暴投 山本雅

▽試合時間 3時間43分

 

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