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現役高校野球監督・部長が選ぶ 愛媛大会名勝負ベスト10

<1>07年決勝 今治西―済美 両主戦好投、大接戦に

2018年7月2日(月)(愛媛新聞)

優勝を決め、一塁側スタンドに駆けだす今治西ナイン=2007年7月30日、坊っちゃんスタジアム

優勝を決め、一塁側スタンドに駆けだす今治西ナイン=2007年7月30日、坊っちゃんスタジアム

今治西・大野康哉監督

今治西・大野康哉監督

優勝を決め、一塁側スタンドに駆けだす今治西ナイン=2007年7月30日、坊っちゃんスタジアム

優勝を決め、一塁側スタンドに駆けだす今治西ナイン=2007年7月30日、坊っちゃんスタジアム

今治西・大野康哉監督

今治西・大野康哉監督

[現役高校野球監督・部長が選ぶ 愛媛大会名勝負ベスト10]<1>07年決勝 今治西―済美

 1―1で迎えた九回裏、1死満塁。絶体絶命の場面で、今治西のバッテリーは攻めに攻めた。「めちゃくちゃ開き直ってました。打てるもんなら打てよって」。熊代聖人(29)は、昨日のことのように11年前のマウンドを思い返した。

 2007年夏、連覇を懸けた今治西と済美による決勝は、両エースの好投で1点を争う大接戦となった。

 一打サヨナラの正念場。熊代は得意球のスライダーを、何度も何度も潮のミットに投げ込んだ。「ここまできたら全部、自信のある球でいこうと思った。スライダーしか投げないとばれてもいい。それでも絶対打たせない自信があった」。潮も思いは同じだった。

 済美の8番打者をキャッチャーフライで打ち取り、残り1アウト。三振を奪おうと投げた渾身(こんしん)のスライダーが右方向へとはじかれた。「よっしゃ、セカンドゴロ」。しかし気付くと一塁手の福井が捕球に走っていた。ぽっかりと空いた一塁。熊代はベースカバーに走りながら祈った。「頼む、俺の届く範囲どこでもいいから投げてくれ、絶対捕るから」。熊代がベースを踏んだ瞬間、福井からの送球がグラブに収まった。アウトか、セーフか、きわどいタイミングだったが、塁審の判定は「アウト」。今治西が途切れかけた夢をつないだ。

 延長十一回、今治西の攻撃。4番熊代が左中間への二塁打を放ち1点を勝ち越し、2死後に潮が中越え二塁打で貴重な追加点。バッテリー2人の活躍で2点を奪った。当時から今治西を率いる大野康哉(46)は「それまでの済美の戦いぶりをみていると、1点だけでは厳しいと思っていた。2点目が入ってようやく勝利を意識した」と明かす。

 最後の打者をフライに打ち取り、甲子園出場が決まった瞬間、大野の胸中には前年の夏、今治北と戦った決勝のラストシーンが浮かんでいた。

 11―2で迎えた九回裏。甲子園まであと1死となったとき、大野は2年生エースだった熊代に「最後は山本に投げさせてくれんか」と告げた。前年秋までチームを支えた3年生に優勝の瞬間を味わわせたかった。「いいですよ、僕は来年もあるんで」と快くサードに回った熊代。ただ大野はずっとその日のことを気に掛けていた。そして1年後、優勝のマウンドには笑顔の熊代がいた。

 チームは春の甲子園2回戦で常葉学園菊川(静岡)に0―10と大敗し、選抜帰りに臨んだ四国大会の県代表順位決定戦では済美に0―8と完封負け。不振に苦しみ続けた中でつかんだ優勝でもあった。「最高の勝利だった」。大野は今でもあの夏の喜びを忘れない。

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