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球春の軌跡 県勢のセンバツ史

<6>エースで4番安楽 熱投772球、酷使批判も

2018年3月19日(月)(愛媛新聞)

第85回選抜高校野球大会決勝準々決勝で7三振を奪い完投した安楽智大=2013年4月1日、甲子園

第85回選抜高校野球大会決勝準々決勝で7三振を奪い完投した安楽智大=2013年4月1日、甲子園

準優勝した甲子園で思い出を語る太田裕也(左)と藤原弘気=2月21日午後、兵庫県西宮市

準優勝した甲子園で思い出を語る太田裕也(左)と藤原弘気=2月21日午後、兵庫県西宮市

第85回選抜高校野球大会決勝準々決勝で7三振を奪い完投した安楽智大=2013年4月1日、甲子園

第85回選抜高校野球大会決勝準々決勝で7三振を奪い完投した安楽智大=2013年4月1日、甲子園

準優勝した甲子園で思い出を語る太田裕也(左)と藤原弘気=2月21日午後、兵庫県西宮市

準優勝した甲子園で思い出を語る太田裕也(左)と藤原弘気=2月21日午後、兵庫県西宮市

 いつの時代も「エースで4番」は高校野球の花形だ。90年代以降だけでも愛媛から藤井秀悟(今治西)、熊代聖人(同)、秋山拓巳(西条)ら複数の背番号1が甲子園を沸かせ、プロへの道を切り開いていった。

 近年では、2013年春の選抜大会で準優勝を飾り、楽天に入団した済美の安楽智大がその系譜に位置づけられる。大会前から注目を集めた「最速152キロ」の本格派2年生右腕は、187センチの長身から投げ込む直球で相手打者を打ち取る逸材ぶりを発揮。打撃でも、3回戦で2点三塁打を放つなど長打力を随所に見せた。

 個が突出したチームほどワンマンに陥ったり、エース頼みになったりしがちだが、この時の済美にはまとまりがあった。「安楽は注目される中、本当によく結果を残し続けていた。3年生もできることをしようとした」と、当時一塁手だった藤原弘気(22)=立命館大。主将だった太田裕也(22)=和歌山大=も「実力だけでなく、安楽の野球に対するストイックさや練習への姿勢は尊敬に値した。だからこそ、みんながついていった」と語る。

 大会前、安楽は練習試合で完敗するなど調子が上がっていなかった。開幕後も3回戦で利き腕の右手首へ打球を受けるアクシデントに襲われ、決勝前には藤原が「大丈夫だろうか」と心配するほど宿舎で疲れた様子を見せていたという。

 不安を抱えながらマウンドに立つ安楽を、上級生が支え続けた。延長十三回に及んだ初戦を捕手の金子昂平の一打でサヨナラ勝ちすると、準々決勝、準決勝でも上田恭裕、山下拓真の3年生が勝ち越し打を放ち、エースを援護した。

 済美の激闘は別の部分でも脚光を浴びる結果となった。全5試合に先発した安楽が、9日間で772球を投げたことが「酷使しすぎだ」と国内外で物議を醸した。13年夏の選手権大会からは準々決勝の翌日に初めて休養日が設けられ、地方大会や今年の選抜大会でタイブレーク方式が導入されるきっかけにもなった。

 高校野球界では、けがを押してマウンドに立つエースや延長戦に及ぶ死闘などが「美談」として語られるケースが多くあった。済美の当時の部長で現監督の中矢太(43)は「選手の健康面はもちろん大事。指導者が投球数を考えることは当然だろう」とした上で「将来プロに行くわけでもなく、ただ甲子園に懸けている高校生がいる」と戸惑いもにじませる。

 延長再試合の設定や延長回数の短縮、ベンチ入り人数の増加など、甲子園大会では過去にも選手の負担軽減策が講じられてきた。スポ根の象徴だった高校野球も今や変化は避けて通れない。「する側」だけでなく「見る側」にも意識改革が求められている。

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