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球春の軌跡 県勢のセンバツ史

<5>済美創部2年でV 私学台頭の転換点に

2018年3月17日(土)(愛媛新聞)

第76回選抜高校野球大会決勝で7回に適時三塁打を放つ田坂僚馬=2004年4月4日、甲子園

第76回選抜高校野球大会決勝で7回に適時三塁打を放つ田坂僚馬=2004年4月4日、甲子園

 サッカー・ワールドカップ日韓大会で国内が沸いた2002年。春の選抜大会で鳴門工(徳島)が準優勝し、夏の選手権大会では明徳義塾(高知)が初優勝、川之江がベスト4、尽誠学園(香川)と鳴門工も8強入りし四国勢の実力を改めて全国に知らしめた。

 ただ、選抜大会に限れば愛媛勢は01年から3年連続で出場を逃す空白期間が生じていた。そこに04年、彗星(すいせい)のごとく現れたのが創部わずか2年の済美だった。1988年に宇和島東を初出場Vに導いた上甲正典を監督に迎えた気鋭の私立校は、驚異的な進撃で頂点へと駆け上がった。

 「投手力の春」といわれる選抜大会で、チャンスの場面でバントを選択せずバットを振り抜く済美の攻撃は異彩を放った。セオリー度外視の強攻策でナインは局面を打開していった。中でも特に高校野球ファンの記憶に刻まれているのは、ダルビッシュ有を擁した東北(宮城)との準々決勝だろう。2-6と追い込まれた九回、先頭の野間源生の一、二塁間を破るヒットを足場に2点差とすると、2死一、二塁で高橋勇丞が劇的な逆転サヨナラスリーランを左翼席に放り込んだ。

 土壇場に強さを発揮する済美打線。当時のコーチで現監督の中矢太(43)は「よく言われる『上甲マジック』にはタネがある」と明かす。上甲は常々「ホームランを打たないやつは夢がない。打て!」と選手に口酸っぱく説いていたという。通常ならアベレージヒッターとなるような小柄な選手だろうがお構いなし。打撃を重視した練習に傾注した。

 当時の1番打者で現在は愛媛銀行に勤務する甘井謙吾(31)は「バッティング練習は楽しかった。甲子園でも『この投手は打てない』と感じたことはない」と振り返る。現野球部長の田坂僚馬(31)も「普段から練習で追い込んでいるからこそ打てる。100点取られても、101点取ればいいと思っていた」。この言葉に済美ナインのバッティング志向がよく表れている。

 済美の戴冠は、愛媛の高校球界にもインパクトを与えた。中矢は「結果的に私学が台頭するきっかけとなった」と分析。県高野連理事長の二神弘明(51)は「大きな歴史の転換点」と指摘する。実際、2004年夏の全国高校野球選手権愛媛大会決勝のカードは済美―新田で、大会史上初の私立勢対決となった。

 この対戦を制した春の王者は、夏の甲子園でも躍動し準優勝。以降、済美の全国出場はすでに春夏計7度を数える。選抜大会は05年春に新田が15年ぶりに出場を果たし、17年の帝京第五に続き今年は16年夏に愛媛代表となった松山聖陵が初の選抜切符をつかんだ。私立校の勢力は拡大の一途をたどっている。

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