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球春の軌跡 県勢のセンバツ史

<playback(4)>2004年 済美初V 創部3年目、ミラクル

2018年3月13日(火)(愛媛新聞)

 

 

 

 

 創部わずか2年で初出場Vを成し遂げた済美。頂点への流れをつくった試合が準々決勝の東北(宮城)戦だった。「土壇場のミラクル」。4点差をひっくり返した劇的な逆転サヨナラ本塁打は、甲子園の名シーンとして語り継がれている。

 2―6の九回、野間源生の安打を突破口に田坂僚馬の三塁打などで2点を返すと、2死一、二塁でバッターボックスに立ったのは主将の高橋勇丞。2ボール2ストライクと追い込まれた状況から直球を強振した一打は大きな放物線を描き、ダルビッシュ有が守る左翼の頭上を越えてスタンドに突き刺さった。歴史的な逆転劇の立役者となった高橋は試合後「このひと振りを、僕は一生忘れない」と振り返った。

 勢いに乗ったチームは準決勝で明徳義塾(高知)に7―6で競り勝ち、決勝では愛工大名電(愛知)を6―5で破った。上甲正典監督は、宇和島東時代から「伝統校に勝つためには攻めて、攻めて、攻めるしかない」が信条。徹底した攻撃野球で“愛媛の攻めダルマ”と呼ばれた。名将が鍛え上げた打撃力をナインは大舞台で見事に発揮した。

 「済美マジック」「すごい感動をありがとう。野球王国愛媛の誇りだ」。アルプススタンドに駆け付けた生徒や地元で見守った市民は、初優勝の快挙に喜びを爆発させた。甲子園で計5度響かせた学園歌の一節「やれば出来るは魔法の合いことば」も話題を呼んだ。

 当時の選手のポテンシャルの高さを証明するように、3人がプロへの道を切り開いた。高橋が2010年まで阪神でプレー。主戦の福井優也は広島で、主軸の鵜久森淳志はヤクルトで現在も活躍中だ。県民を熱狂させた春から14年が経過した現在も、その勇姿を見せている。

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