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新たな伝統へ 松山聖陵 春の甲子園初出場

<中>監督の思い 勝利へ日常生活重視「野球と人生つながる」

2018年2月2日(金)(愛媛新聞)

初の選抜大会出場が決まり、松山聖陵ナインに胴上げされる荷川取秀明監督=1月26日、松山市久万ノ台

初の選抜大会出場が決まり、松山聖陵ナインに胴上げされる荷川取秀明監督=1月26日、松山市久万ノ台

 松山聖陵にとって初の春の甲子園は、荷川取秀明監督にとってかつて選手として輝いた舞台でもある。「当時のことは鮮明に覚えている」。1999年、沖縄尚学の三塁手として出場した。

 初戦で比叡山(滋賀)を1―0で下して勝ち上がり、準決勝のPL学園(大阪)は延長十二回で勝利。決勝は水戸商(茨城)に逆転勝ちし、春夏通じて初めて沖縄に優勝旗をもたらした。凱旋(がいせん)した那覇空港では想像以上の地元県民の出迎えを受け、「自分が野球をやって、これだけ多くの人が歓喜してくれるなんて」。指導者を目指すきっかけになった。

 荷川取監督が印象に残るのは準決勝。「子どものころからあこがれていた」PL学園に沖縄尚学は九回、十一回とサヨナラ負けのピンチを背負いながら守り切った。十二回には自身が適時打を放って勝利に貢献。「食らいついてきても辛抱して一度もリードを許さなかった」。生きたのはチームに根付いた我慢強い心だった。

 当時の沖縄尚学の監督、金城孝夫さんは「日常生活の延長線上に野球がある」と言っていたという。「野球と人生はつながっている。甲子園で優勝できたことも、社会に出てから味わった苦悩なども、金城さんの教えがあって良かったと思うことがある」。荷川取監督は「人間形成の上に野球の勝利がある」と金城さんからの教えを指導の基礎に置いている。

 とはいえ私生活から練習まで、常に緊張が張り詰めているわけではない。長い冬、選手のモチベーションが上がりにくい日は、そっとやる気を引き出す。1月中旬のある日、選手は、強風や降雪もあって気合が入らず漫然と素振りに取り組んでいた。「雪を捉えるつもりで、もっとピュッとバットを振ってみ」と荷川取監督。すると選手は舞い落ちる小さな粒の一つに狙いをすませ、鋭いスイングをし始めた。

 「何でもいい、目的を持たせれば目の色を変える」。古里の沖縄・宮古島では目にすることもないという雪を「いい練習道具だな」と荷川取監督は笑った。

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