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ゴールが切り開く道 小笠原侑生、タイでの戦い

<下>覚悟と自信 大活躍 故郷へ恩返し

2018年1月7日(日)(愛媛新聞)

タイ2部のプラチュワップFCでプレーする小笠原侑生(中央手前)=2017年10月、タイ(本人提供)

タイ2部のプラチュワップFCでプレーする小笠原侑生(中央手前)=2017年10月、タイ(本人提供)

 ボランチでも常に得点を狙う。ミドルシュートに限らず、突然ゴール前に現れてネットを揺らすこともある。「外国人選手として、やるべきことがクリアになった」。タイ2部ナコンパトム・ユナイテッドでプレーする小笠原侑生=松山市出身=は、2016年も10得点を挙げ、28歳でついにトップリーグへの移籍を勝ち取った。

 17年の新天地は1部のシーサケットFC。背番号10で迎えられての入団だった。やる気に満ちて臨んだが、予想外の展開が降りかかる。移籍直後の監督解任。あおりを受けた小笠原は一気に構想外に陥った。

 また、窮地。しかもチームは放出してくれなかった。セカンドチームへの帯同が続き「完全に干されていた」という。リーグ前半を棒に振り、悩んだ末、自ら契約解除金を払い、力ずくでチームを離れる道を選んだ。

 タイでの初めてのステップアップが苦い失敗に終わり「心の傷はあった」という。だが、新たに移った2部プラチュワップFCでは、すぐさま復活してゴールを量産。15試合で7得点を挙げ、チームを昇格に導く活躍を見せる。「変わったのは覚悟の強さ。ここぞという場面で、絶対に結果を残すという意思がある」。タイで3季を生き抜いた確かな自信が宿っていた。

 日本での失意、裸一貫でのタイ挑戦、1部移籍失敗―。追い込まれるたび、結果を出して再起した小笠原。不屈の伊予っ子は現地メディアでも注目され、今季途中に波瀾(はらん)万丈の人生が特集されたという。

 その時、一つうれしいことがあった。「生まれた場所として、愛媛や松山の風景を少し紹介してもらえた。自分にそんな力があるとは思っていなかったから」。必死にもがいた中で、恩返しができた実感があった。「タイでは愛媛を知らない人が多い。サッカーをやっていたから知ってもらうきっかけが生まれた。少しは役に立てるのかもしれない」

 小笠原は今年30歳になる。来季に向け、タイの別のクラブからもオファーを受けているという。「結果だけが求められる厳しい世界でもやっていける。サッカーを続けてきて良かった」。暗中模索の末、自らのゴールでタイに居場所を築いた。一つ一つの言葉に、サッカーで生きる者としての充実感がにじみ出た。

 

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