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ゴールが切り開く道 小笠原侑生、タイでの戦い

<中>一度のチャンス 「点取り屋」原点回帰

2018年1月6日(土)(愛媛新聞)

タイ2部ナコンパトムで背番号10を着け、得点を挙げて喜ぶ小笠原侑生=2016年4月、タイ(本人提供)

タイ2部ナコンパトムで背番号10を着け、得点を挙げて喜ぶ小笠原侑生=2016年4月、タイ(本人提供)

 懸命のアピールが実り、2015年からタイ2部ナコンパトム・ユナイテッドでプレーした小笠原侑生=松山市出身。「まるでマケレレ」。かつてフランス代表で活躍した守備的なMFに例えられ、当時27歳の日本人は、チームでの立場を固めつつあった。

 これまでFWやトップ下でプレーしてきたが、与えられたのはボランチだった。未経験のポジションで、必死に走る地味な役割を買って出た。チームは前半戦を上位で終え、守備の要として「評価されていると思っていた」という。

 だが、昇格を視野にクラブが行ったシーズン中の補強で、同じポジションに別の外国人選手が入ってきた。「いつ点を取るんだ?」。監督の言葉を思い出した。「自分は助っ人。ゴールしてなんぼと考えられていた」。ベンチに追いやられた。どん底からはい上がって半年。また、ピンチになった。

 「点を取る。それだけ」。松山市の小野FCや愛媛FCの下部組織でプレーしていたころ、どんな選手だったかと聞くと、本人からこう返ってくる。ゴールへの嗅覚に優れた点取り屋。それが、本来の小笠原の姿である。

 だが、愛媛FCでJリーガーになり、得点以外の底上げが必要だと自覚した。自然とチームプレーを意識した。いつしか前線から積極的にボールを追うスタイルを身に付けたが「振り返ってみれば、逃げだった」と小笠原は受け止めている。「得点を求められるプレッシャーは重い。プロの厳しい現場で求められ、目を背けただけだった」

 タイで、再びその重圧と向かい合うことになった。今度は逃げ道などない。「一度でいいからFWで出してくれ」と監督に直談判した。だが、タイでは「マケレレ」である。「本気か?」といぶかられた。何とか説き伏せ、練習試合で一度きりのチャンスを得た。

 「ここでやらないと駄目だ」。強い覚悟が、小笠原の得点感覚を呼び起こした。土壇場の1試合で、前半にハットトリック。その後リーグ後半戦だけで5得点を挙げた。「完全に評価が変わった。本当に優先すべきことが分かった」。タイで選手として生きていく確かな手応えを、はっきりとつかんだ。

 「日本では得点のにおいをまったく感じなかった。『なりたい自分』じゃなかった」。愛媛FC入団から5年がたっていた。遠く離れたタイで、回り回ってたどり着いた「原点」が、小笠原に再び光を照らした。

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