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障害者アスリートの素顔

[2]サウンドテーブルテニス・和気光男選手、仲間と汗 生きがいの光

2017年10月25日(水)(愛媛新聞)

練習試合でレシーブを返す和気光男選手=9月下旬、松山盲学校

練習試合でレシーブを返す和気光男選手=9月下旬、松山盲学校

 「人生は我慢の連続。今がつらくても決して諦めないで。障害はきっと乗り越えられる」―。障スポ大会で、金属球入りのボールを転がして打ち合うサウンドテーブルテニス(STT)に出場する和気光男選手(72)=松山市立花6丁目=は力強くこう語り、耐え続けて切り開いてきた人生だったと言葉を紡ぐ。

 西予市野村町で9人きょうだいの次男として育った。先天性の網膜色素変性症と診断されたのは小学3年の時。網膜の視細胞が消え、視野が狭くなる進行性の難病だ。ボールが見えにくく、野球などの球技が苦手だったが、体力には自信があり、相撲や柔道などをして遊ぶことが多かった。

 高校3年で視力が急に落ち、松山盲学校へ進学。「本当は行きたくなかった」と振り返るが、盲学校卒業を心から喜んでくれた父の顔には当時、胸がいっぱいになった。両親は子どもたちに愛情を注いでくれた。きょうだいの半数に視覚障害があり「障害があっても気持ちで負けたらいかん」が両親の口癖だった。「悔いのない人生が送れるのは両親のおかげ。恩は決して忘れない」。両親の話に及ぶと自然と涙がこぼれる。

 県立南宇和病院のリハビリ科で鍼灸(しんきゅう)師として約40年間勤務。退職前、友人に誘われてSTTと出合う。コースを狙って決まったときの達成感に魅了され、今では切磋琢磨(せっさたくま)し合う仲間もたくさんいる。「生きがいという光を見つけた」と第二の青春を楽しむ。

 障スポ大会出場は2010年の千葉大会に続き2回目。「やるからには一試合でも多く勝ちたい」と優勝にこだわる。自宅で鍼灸院を営む傍ら、7キロのダンベルを持ち上げて体幹を鍛え、練習試合は月60時間をこなして腕を磨く。

 視覚障害者は情報不足で社会から孤立しがちだとも言われる。競技を続けているのは「前向きな気持ちを失わなければ道は必ず開ける」と今苦しんでいる人に伝えたいからだという。

 「あなたも障害に負けないでほしい」

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