ログイン
Myページ
Myページ

愛媛新聞ONLINE

2018
1121日()

ログイン
Myページ
愛顔会員Myページ
MENU

愛媛国体エール 著名人からの伝言

<5>重量挙げロス五輪銅メダリスト 真鍋和人さん

2017年1月15日(日)(愛媛新聞)

自身の経験から国体の意義を語る真鍋和人さん=2016年12月22日、新居浜市

自身の経験から国体の意義を語る真鍋和人さん=2016年12月22日、新居浜市

 ―五輪やアジア大会でメダルを獲得。国体には選手として15回出場し、すべてで入賞を果たしたが、印象に残っている大会は。

 高校2年で初めて全国優勝した1975年の三重国体の経験は大きかった。その夏のインターハイは、優勝を狙える記録を持っていたのに、スナッチを一本も挙げられず失格に終わってしまった。ただ、この失格がその後の選手生命を左右するような薬になった。

 その秋の三重国体では、勝負よりもとにかく6本すべてで記録を出すことに徹した。そうすればおのずと優勝はついてくると思っていた。試合は3人が並び、最後の1本で優勝が決まるという展開。一番最後に登場した自分が逆転優勝を決めた。最高の気分だった。

 ―選手、指導者として関わってきた経験から、国体の意義をどう考えるか。

 国体の前後に五輪や世界選手権を控えていたため、減量して国体にピークを合わせることが難しく、専門ではない56キロ級での出場がほとんどだったが、県の代表として最低限入賞くらいはしなければという思いでやってきた。

 団結力や練習環境など国体でしか得られないものもある。天皇杯(男女総合優勝)獲得という結果ではなく、勝つためにみんなが一致団結して努力する姿勢がレガシー(遺産)となるのでは。行政や各競技団体だけでなく一般企業までもが一緒になり、一つの目標に向かってまとまるなんてことは、地元国体以外ではまずありえない。

 ―一線を退いた後は地元新居浜で後進の指導に力を入れている。県重量挙げ協会副理事長兼選手強化委員長として地元選手に期待することや今後の展望は。

 重量挙げについて言えば、まだ力を出し切っていない。53年の四国国体は地元で団体優勝している。近年の得点からすると難しいが、選手たちも力をつけてきておりできないことはない。女子選手の活躍も鍵となる。地元だからこそできることがある。ぜひ死力を尽くしてほしい。

 愛媛国体でとどまらず、2020年東京五輪に県内から選手を出すことが目標。愛媛国体という機会を逃さず次につなげていくことが、競技の発展につながる。新居浜で重量挙げが盛んになった背景として指導者と練習場があったことは大きいと思っている。

 ここ数年、国体の重量挙げ会場は、観覧席が少なく関係者だけで埋まってしまっているような状況だった。それではだめだ。愛媛では地元新居浜の人に見てもらいたいと市民になじみの深い、市民ホールを選んだ。市内の子どもたちも応援に来てくれると聞いている。少しでも興味を持って、後に続くような選手になってくれたらと願っている。

 

 【まなべ・かずしと】 1958年新居浜市出身。新居浜工高から中央大を経て一宮グループ。高校で競技を始め、国体2連覇と全国高校総体優勝。82年アジア大会で金メダル。84年ロス五輪で銅メダル。86年アジア大会で銀メダル。88年ソウル五輪で8位入賞。県重量挙げ協会副理事長兼強化委員長。新居浜市体育協会会長。

 

    おすすめ記事

    愛媛の情報なら、愛媛新聞のアプリ。

    欲しい情報をいつでもあなたにお届け!プッシュ通知機能も充実。