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国体 愛媛勢の歩み

<5>1996年以降 態勢整え続々上位進出

2016年12月23日(金)(愛媛新聞)

2011年山口国体の入場行進前に行った現地激励会で気合を入れる愛媛県選手団

2011年山口国体の入場行進前に行った現地激励会で気合を入れる愛媛県選手団

 

2011年山口国体の入場行進前に行った現地激励会で気合を入れる愛媛県選手団

2011年山口国体の入場行進前に行った現地激励会で気合を入れる愛媛県選手団

 

 1996年の天皇杯(男女総合)順位は34位で、4年ぶりに40位台を脱出した。低迷する愛媛勢にとって薄日が差した年だった。

 ボートが少年男子などの活躍で競技別総合順位2位と25年ぶりの好成績を収めた。新種目の艇が普及、大学で技術を学んだ選手が県内で指導者になるなど練習環境が整い、関係者が一丸で得点獲得に取り組んだ成果だった。その後も弓道と両輪で県勢をけん引。2003年は2競技で競技得点の半分近くを稼いだ。

 10年まで天皇杯順位は、20位台後半から40位台前半を推移したが、1999年に就任した加戸守行知事が「スポーツ立県」を提唱。県体協の国体誘致の動きと重なりハード、ソフト両面で充実が図られた。

 ハードでは松山市市坪西町の松山中央公園の整備が進んだ。2000年に坊っちゃんスタジアム、01年にテニスコートと運動広場、03年に県武道館などが完成。05年に市営プールアクアパレットまつやまが建設された。

 01年、県体協の大亀孝裕会長が「17年愛媛単独開催」が事実上決まったと発表、04年に日体協から内々定を受けた。07年に県競技力向上対策本部が設置され、県体協や各競技団体と選手の発掘、育成に努めた。

 成果が表れたのは11年。なぎなたは少年が演技で3位、試合で4位、成年が6位と計3種目で入賞し競技別総合順位は2位タイと躍進した。当時北条高で少年2種目で入賞した村上優選手(23)=松山市北条辻=は「いろんな先生から指導を受け、さまざまな視点から課題と解決方法を指摘してもらったおかげ」と振り返った。

 クラブを設立するなどジュニア育成に取り組んでいたライフル射撃やセーリングで少年種別の選手が入賞。成年は陸上男子やり投げの村上幸史選手が8度目の頂点に。ボートでシングルスカル12度の優勝回数を誇る武田大作選手がダブルスカルで2位になるなど新鋭、ベテランとも活躍した。

 この年、入賞は団体24、個人28種目で前年の36を大きく上回る計52種目に上った。天皇杯も31年前の24位に次ぐ25位に上昇。翌年は34位と足踏みしたが、以降は26、21、13位にステップアップした。

 16年の岩手国体は天皇杯7位、皇后杯5位。競技別男女総合順位は、弓道、相撲が1位、ボート、バスケットボールが2位で、なぎなた、ソフトボール、剣道が3位で続いた。ベスト4入りは10競技。総合力を発揮した。

 17年はいよいよ愛媛の地で国体が開かれる。地元開催は64年ぶり、単独では初という大会となる。16年になぎなた成年演技で準優勝した村上優選手は「ほかの競技の人からも刺激を受けている。チーム愛媛で総合優勝したい」と意気込む。トップを目指し、各競技がそろって歩みを進めている。

=おわり

 

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