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1953年の愛顔・愛媛新聞で振り返る地元国体 愛媛国体2017

<19>急造チーム 予想外準V

2016年7月20日(水)(愛媛新聞)

女子ホッケー決勝で敗れた松山南高の健闘をたたえる会場の様子を伝える記事(1953年10月26日発行愛媛新聞夕刊)

女子ホッケー決勝で敗れた松山南高の健闘をたたえる会場の様子を伝える記事(1953年10月26日発行愛媛新聞夕刊)

 第8回四国国体秋季大会の愛媛県選手団で大会前の予想をいい意味で覆したのがホッケー一般女子の松山南高だ。

 女子ホッケーは松山南高のグラウンドを会場に1953年10月24日の大会第3日から最終日の第5日まで実施。ホームを舞台に、松山南高は1回戦で1―0で福島代表を下し、準決勝も神奈川代表に1―0で競り勝って決勝に進んだ。

 地元国体に向けた強化が実ったのかと思いきや、実はチームができたのは大会の3カ月前。準決勝の奮闘を伝える10月26日付愛媛新聞朝刊によれば、この年6月、32年ロス五輪の日本代表選手だった永田寛教諭が着任し、生徒を集めて夏休みに練習を始めたという。

 「スティックの持ち方から手をとり足をとるように」指導を受けた急造チームは決勝で強豪東京代表と対戦し、延長の末に0―3で敗れた。26日発行夕刊の戦評を読むと、闘志を前面に戦ったが技術の差で押し切られたようだ。悔し泣きする選手に「嵐のような」拍手が送られ、相手チームは「末恐ろしい」と感嘆。審判団は「堂々相ゆずらぬ戦いを展開したことは女子ホッケー界に特筆すべきことだ」とたたえていた。

 本紙は28日付朝刊の総評で女子ホッケーの躍進を「実戦に適した好指導によるものだろう」と分析。現在の松山南高の選手も元日本代表選手の指導を受けて2017年愛媛国体での活躍を期している。

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