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1953年の愛顔・愛媛新聞で振り返る地元国体 愛媛国体2017

<18>各県代表 松山に好印象 

2016年7月19日(火)(愛媛新聞)

国体選手や監督の松山の印象を紹介する紙面(1953年10月26日付愛媛新聞朝刊)▶

国体選手や監督の松山の印象を紹介する紙面(1953年10月26日付愛媛新聞朝刊)▶

 第8回四国国体秋季大会に参加した人々に開催地の松山はどう映ったのか。1953年10月26日付愛媛新聞朝刊は、選手や監督が抱いた松山の印象を紹介している。

 国体参加経験豊富な宮崎の軟式庭球一般壮年の選手は「街が清潔」「環境のいゝのはこの松山が一番」と絶賛。富山のサッカー高校の選手は「道路がすばらしくいゝ」「富山も戦災都市だけど松山の方がずつと復興が速いように思つた」と、国体開催地になった松山の発展ぶりに驚いていた。

 隣県高知の軟式庭球高校女子の選手は、宿舎が気に入ったようで「至れり尽くせりのサービスとみんなの協力が何時までも続いてほしい」と要望。「みんなとつても親切」と強調していたのは大阪のソフトボール一般女子選手。「(大阪なら)電車の中でものを言ってるときなんかけんかみたいにきこえるけどこゝの人は言葉遣いも感じがいゝ」「どことなくおつとりしている」とも語っていた。

 北海道の一般女子ソフトボール監督は、買い物先で「優勝する自信があるのか」と聞かれて気分を害したといい、野球熱が盛んな松山の人は「勝負にばかりこだわりすぎる嫌いがある」「スポーツ精神というものを知らない」と厳しく指摘。それでも各所で「はるばる北海道からご苦労さんという気持ち」に接することができ、街の印象自体はよかったようだ。

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