判決後の会見で「今後も裏金根絶に努めたい」と話す仙波巡査部長=24日午後2時5分ごろ、県庁 「予想はしていたがここまでとは。論評に値しない」―。二十四日、松山地裁で言い渡された警乗手当訴訟の判決は、県警地域課の仙波敏郎巡査部長(60)らの訴えに向き合うこともなく、門前払いにも等しい内容となった。県庁で会見した仙波巡査部長や弁護団の口からは、悔しさより失笑が漏れた。
審理の過程で県警の警乗手当をめぐる不自然さが浮き彫りになった。一九九九年度の国費の予算から、当時の鉄道警察隊は実質三人で計二百九十四回の警乗業務をこなしたという「物理的に不可能」(仙波巡査部長)な数字が明らかになった。それが情報公開制度がスタートした二〇〇一年度以降は急に“常識的”な回数に落ち着いていた。
こうした不自然さを証明しようとした弁護団に対し松山地裁は、証人採用した七人のうち鉄警隊幹部ら三人を除く四人が出頭拒否しても何ら手を打たなかった。弁護団の一人は「裁判所が裏金に触れるのを怖がったのだろう。同じ法律家として哀れみを感じる」とあきれ返った。
地裁の当時の裁判官が県警に一度目の証拠保全手続きに訪れたのは、くしくもちょうど四年前の三月二十四日だった。「労力と時間を掛け、おかしな点を指摘し続けたが、裁判所が目をそらし、ふたをして審理さえしなかった」と弁護団は振り返る。
三月末で定年退職を迎える仙波巡査部長は「一市民になっても気持ちは変わらない。県警の裏金根絶のため力を尽くしたい」ときっぱり話した。