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さようなら大煙突 新居浜沖・四阪島 解体ほぼ終了 「煙害克服の日」船上ツアーに36人 2013年07月04日(木)

【上】解体工事前の大煙突=2月14日、今治市宮窪町(撮影・河野茜)
【下】大煙突の解体がほぼ終わった四阪島を船から望む新居浜南高ユネスコ部員ら=3日、今治市宮窪町(撮影・末光徹)

 別子銅山の煙害克服の象徴として、多くの住民らに親しまれた四阪島(今治市宮窪町)の大煙突の解体工事がほぼ終わった。住友金属鉱山別子事業所によると、残るのは付帯タンクだけで今週中にも解体予定。3日、煙突からの亜硫酸ガスの排出を止めた74年前の歴史的な日にちなんで島の周囲を航行するツアーがあり、新居浜、西条両市民36人がランドマークの名残を惜しんだ。

 銅山の歴史を学んでいる新居浜南高校ユネスコ部が6月に開催した産業遺産めぐりが好評で、大煙突への関心が高かったため急きょ企画した。
 大煙突は1924年に建設され、鉄筋コンクリート製高さ64・2メートル。老朽化のため同事業所が5月から解体を進め、6月末にほぼ作業を終えた。
 ツアーでは部員8人が案内役を務め、銅製錬所が四阪島に移った歴史などを紹介。亜硫酸ガスの排出を止めた39年7月3日の午後1時15分に合わせ、船上でカウントダウンした。同時刻を迎えると、船の汽笛を鳴らし全員で拍手。「大煙突、ありがとう。さようなら」の声が響いた。参加者は大煙突の雄姿に思いをはせながら、主役が去った風景をカメラに収めていた。
 66年から、島での銅製錬が停止した翌年の77年まで島内の郵便局に勤めていたという新居浜市松の木町の無職河野正雄さん(76)は「煙突は外から見た方がスケールが大きかった。なくなったのはさみしいが、最後に見ることができて一生の思い出になった」と話した。(河野茜)