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絶対安全ありえない 芸予地震15年2016年03月24日(木)

【写真】芸予地震をきっかけに当時の湯築小児童が作成したパネル「グラグラ大辞典」を眺める高木仁教諭(左)と横田公博教諭=22日午後、松山市道後北代
 安芸灘を震源にマグニチュード(M)6.7を記録した2001年の芸予地震から24日で15年。愛媛県内では松山市や今治市などで震度5強を観測し1人が死亡、1万棟以上の住宅や公共施設が損壊するなど、1946年に県内で死者26人を出した南海地震以来の大規模震災だった。被害に遭った湯築小(松山市道後北代)は崩落の危険性から立ち入り禁止となり、児童は500メートル南の東雲小(同市文京町)に約1年間通った。当時の湯築小教諭と児童が22日、現校舎を訪れ、当時を振り返った。
 「地震があるまで学校は絶対安全だと思っていたけど、『絶対』という言葉は存在しないことが分かった」。5年生の学年主任だった横田公博教諭(現・みどり小校長)はあの日、認識の甘さを痛感したという。
 校舎内は柱が割れて中の鉄筋が見え、トイレの壁がはがれ落ちていた。教室では、天井からつるして固定していたテレビも落下しており「授業中の子どもや教師に直撃していたら…」と身震いした。
 01年度、6年生の学年主任となった横田教諭は、総合学習のテーマに災害や防災を据え、愛媛大工学部の教授ら4人から地震の仕組みや家具固定の大切さなどを学んだ。
 「今で言う『共助』の思いが児童たちに自然と芽生えていた」と横田教諭。「災害時、児童が他人のためにできることは少ないだろう。ただ、これからも『自分の命は自分で守る』『率先避難者たれ』という教訓を教え、その思いが家族や近所の人に影響を与えたらうれしい」とほほ笑む。

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